주요 기사 바로가기

【コラム】真夏の夜の夢?オリンピックの教訓は…(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2012.08.14 11:59
0
愛国心は集団本能から出る。五輪を応援すれば愛国心ができる。しかし残念なのはその時だけということだ。ゲームが終わればいつそうしたかというように私たちはそれぞれ自分の進む道に行く。再び個別利益に没頭する。この愛国心が胸中にいつもあるようにすることはできないだろうか? 集団の生存を守るためには誰かの犠牲が必要だ。だれもが個別利益を拡大する時、だれかがこれを投げてしまい集団のために犠牲になればその集団は生き残る。安重根(アン・ジュングン)の犠牲のために大韓人の自尊心と名誉が守られた。韓国人選手らの輝かしい勝利の裏には一人一人の大小の犠牲があった。五輪の時の応援が恒久的な愛国心に昇華できないのは応援にはほとんど楽しさがあるだけでこのような自己犠牲がないためではないか。「大韓民国」を叫ぶ時、あの選手たちのようにこの国のために私は何を犠牲にできるかを自問してみたのか。国のために献身した美しい苦労と犠牲を高く評価して賛えなければならない。それでこそ私たちの胸中にも国のために犠牲になれる愛国心ができる。自身の利益に従って生きた親日派はずっと良い暮らしをし、国のために犠牲になった独立活動家の子孫が生きられない国ならばだれが国のために犠牲になろうとするだろうか。

しかしこのような集団本能を利用しようとする政治勢力はいつも存在する。ファシズム、ナチズムのような全体主義、過去の日本の侵略的民族主義がそういうものだ。韓国の政治指導者の中にも個人の人気のために、政権の利益のために、このような集団本能を利用したことは多かった。愛国を最も多く叫ぶ部類は政治家だ。選挙のシーズンが来れば候補者はだれもが愛国を叫ぶが、本物とにせ物は区別し難い。自らの政治的成功のために国の分裂までも利用しようとする人は愛国心がない人だ。国のために犠牲にならなかったり犠牲になる意思がない人はどんな話をしても愛国心はないものだ。献身なくして愛国はない。愛国は自己犠牲がともなってこそ完成されることになっている。今回の五輪の教訓はまさにこれだ。

 
ムン・チャングク大記者


【コラム】真夏の夜の夢?オリンピックの教訓は…(1)

関連記事

最新記事

    もっと見る 0 / 0
    TOP