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【グローバルアイ】すべての親に勇気をくれた辻井さん親子に感謝

2009.06.25 18:04
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 私は聴覚障害児を育てている母親だ。 6年前に生まれてすぐ、先天性食道閉鎖症で手術を受けた息子は、退院前の検診で難聴という診断を受けた。 補聴器なしでは日常生活が不便だという医師の話を聞いた瞬間、すべてのものが崩れ落ちるような感じを受けた。 障害の程度はさておき、子どもの障害という現実を受け入れるのが容易ではなかった。 4カ月後、息子の小さな耳に補聴器を付けた日、私はまた涙を流した。 振り返ってみると、その時は子どもに対する痛ましい気持ちよりも、「障害のある子どもを自分がしっかりと育てていけるのか」という不安感がもっと強かったようだ。

1、2年が過ぎ、子どもはすくすくと育ってくれた。 最近は「ママ、愛してる」という子どもの一言にすべての心配事も忘れてしまう。 そうであっても突然、「子どもが後に自分を否定的に考えないだろうか」「障害者に過酷な社会でどのように育っていくのだろうか」という心配が胸に重くのしかかってきたりする。

今月初め米テキサス州フォートワースで開かれたヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝した視覚障害者の辻井伸行さん(20)の親も似ていたという。 辻井さんの母いつ子さん(49)は「後にこの世に生まれたことを後悔したり恨んだりしないだろうか」という心配が大きかったという。

しかしいつ子さんは子どもを障害児として育てるのではなく‘伸行らしく’育てることにした。 息子が部屋に閉じこもらず、外に出て新しい事物に触れ、世界を全身で感じるように導いた。 2歳のときに母が歌ったクリスマスキャロルのメロディーをおもちゃのピアノで正確に演奏した息子を見て、本格的にピアノを習わせた。 音楽だけでなくあらゆる感性を豊かにすることは音楽家としての人生を豊かにすると判断したいつ子さんは、目が見えない息子の手を取って美術館に通った。 アナウンサー出身のいつ子さんは作品一つひとつの色、形、絵の内容、印象を息子に伝えた。 夏の花火祭りのときも一緒に群衆の中に入り、夜空に広がる鮮やかな色や動きを息子の心に描いた。 辻井さんは「不便なことはなかった。 母を通して心の目で世の中を楽しんだ」と語った。

中学3年の演奏会で経験したニューヨークのクリスマス風景、画家グスタフ・クリムトの「接吻」という作品から受けたインスピレーションは、辻井さんが作曲した作品にそのまま表れている。 10歳の時に大阪センチュリー交響楽団と共演してデビューした辻井さんは、05年、17歳という最年少の年齢で出場したショパン国際ピアノコンクールで批評家賞を受け、国際的に名前が知られた。 ヴァン・クライバーン・コンクール優勝で辻井さんのアルバムは日本最高権威のアルバム販売集計チャートであるオリコンで2位に入った。

優勝トロフィーを手にして帰国した辻井さんは、「一日だけ目が見えるとしたら何が見たいか」という記者の質問に迷わず「母の顔」と答えた。 隣にいたいつ子さんは「自分の子に生まれてくれて有難う」と言って涙を流した。 「(障害者として)できること」を見つけたいつ子さんの献身と愛はこうした形で返ってきた。 障害児を育てるすべての親に勇気を与えてくれた辻井さんの親子に感謝の拍手を送りたい。


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