1978年8月12日、中国・北京の人民大会堂。当時の園田直外相と黄華・中国外務相が日中平和友好条約を締結した。両国がすべての紛争を平和的に解決し、武力や脅威に依存しない、という内容だった。この条約は、72年の国交正常化以降、最も前進をみせた両国間の平和条約に評価されている。
日本では、日中共同声明(72年)が両国をつなぐ「懸け橋」だったとすれば、平和友好条約は揺るがない「鉄橋」だと比喩(ひゆ)した。この条約を引き出した張本人は、当時の福田赳夫(写真)首相だった。福田首相は「日本と中国は、アジアはもちろん世界の和平定着のために、リーダーの役割を共に遂行しなければならない」とし、周囲の反対世論を押し切って、条約を締結した。