忠南泰安(チュンナム・テアン)沖で発生した原油流出事故は、結局、過去最悪の人災として記録されることになった。事故発生経緯から海上、海岸の拡散防止に至るまで相対的に危機対処能力のなさを余すことなく露呈した。麗水(ヨス)~浦項(ポハン)230キロの海岸を汚した1995年のシープリンス号事故以後、1つも改善された点がない姿だ。
まず政府当局が安易に対処したのではないかという疑問を消すことができない。今回の事故は油が流出した穴が水上に見えて拡散防止作業が容易ではあったが、48時間かかって穴が完全に埋まった。事故海域は波さが高かったとはいうものの、初動鎮圧の失敗でシープリンス号事故の2倍である1万余キロリットルの原油が溢れ出た。事故地点が海岸から8キロ離れており、冬季の低い気温で流出原油が凝固し、24~36時間後に海岸線に到達するはずだという政府の判断と違い、数時間後の7日夜8時ごろから油の帯が海岸に形成され始め、満潮の時刻には干潟を完全に覆い被せたものと明らかになった。予想より風が強かったという政府の言い訳は空虚であるだけだ。