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【コラム】「米軍を信頼できるのか」と問う国防長官…恩知らずの韓国(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版 2026.10.28 14:47 Googleで中央日報を読み逃さない
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「レスター・シェイド、スパイロ・ピーターズ、チャールズ・ラングトリー、ジョージ・ダイキマ・ジュニア」。

最近、米ニューヨーク州ロチェスターを訪れ、偶然この4人の名前を知った。全員が韓国戦争(朝鮮戦争)で戦死したロチェスター大学出身者で、同大学の主要建物ウィルソン・コモンズ(学生会館)の壁の一角に掲げられた韓国戦争追悼銘板に「自由は無料ではない(Freedom Is Not Free)」という言葉の下に刻まれていた。また、キャンパスの中心にあるラッシュ・リーズ図書館前の広場を通って学生寮地区レジデンシャル・クアッドにつながる階段の近くには、第1次・第2次世界大戦、韓国戦争、ベトナム戦争での従軍中に戦死した在学生、卒業生、教職員を追悼する「戦没者追悼の森(Veterans Memorial Grove)」がかなり大きな規模で設けられていた。

 
リチャード・セイラーをはじめ経済学賞や物理学賞などさまざまな分野で12人ものノーベル賞受賞者を輩出した東部の名門大学としてしか知らなかったが、初めてここを訪れた韓国人の目には、ノーベル賞の誇りよりも帰らぬ人となった先輩たちの足跡ばかりが目に留まった。後輩らがキャンパスを行き来する中で、参戦した先輩を自然に記憶にとどめられるようにする、こうした方法は新鮮であると同時に印象的だった。しかも同大学の新聞は毎年メモリアルデーに戦死者一人ひとりの写真と生涯を紹介し、ウェブサイトで公開していた。

韓国戦争で戦死した4人についてはすでに全員の記事が掲載されていた。例えば第2次世界大戦に従軍したピーターズは除隊後、「不安定な軍隊を後にして、勉強しながら機会を得たい」と考え、ロチェスター大学に入学した。しかし韓国戦争の勃発後に軍復帰命令を受け、韓国上空でB29爆撃機を操縦していたところ、1952年9月に対空砲火を浴びて戦死した。遺体は見つからなかった。ラングトリーも同様だ。1945年に卒業した後、シボレーの販売店で働いていたが、海兵隊に再入隊した。ラングトリーが搭乗した航空機が撃墜されてから6カ月が経過して彼の死を知らされたのは妻と6歳、3歳の2人の娘だった。

銘板を見るまではまったく知らなかった人物だった。それでも、単なる数字ではなく一人ひとりの人生を知ると、まるで以前から知っていた人であるかのように胸が熱くなった。そして恥ずかしくなった。

大韓民国が成し遂げた成果と、韓国人が享受している豊かさは、ピーターズのように韓国とは何の縁もなかったにもかかわらず、韓国人の自由のために戦い、本人の素朴な夢をかなえられなかった数多くの参戦勇士の犠牲の上に成り立っている。戦死者の遺族や生き残った参戦勇士にとって、今日の経済大国・韓国はそれ自体が犠牲が無駄ではなかったことを証明する存在だ。しかし私たちが果たすべき最低限の道義を尽くしているかどうかはまた別の問題だ。正直なところ、「そうだ」と自信を持って言うことはできない。

【コラム】「米軍を信頼できるのか」と問う国防長官…恩知らずの韓国(2)

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    ロチェスター大学のウィルソン・コモンズ(学生会館)の壁に掲げられた、韓国戦争で戦死した同窓生を追悼する銘板 アン・ヘリ記者
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