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【中央時評】ウクライナ戦争、韓国が見落としていること(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2026.10.21 15:56
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ウクライナと韓国の間で外交的な亀裂が表面化した。ゼレンスキー大統領が北朝鮮兵捕虜の韓国移送を公表すると、韓国政府は非公開合意を違反したとして抗議し、大使を召還した。韓国の港を経由したロシア向け燃料輸送に関する報道も加わり、韓国の対ロシア政策と国際的な信頼が試される事態となった。この問題は国内で保守・進歩間の政争へと拡大している。

メディアやオンライン上では「ゼレンスキーの強欲と無能が戦争を長引かせている」「ロシアとの関係を修復することが実利につながる」といった主張が頻繁に登場する。ウクライナを主権国家ではなく強大国の勢力圏に属する空間としてとらえる古くからの固定観念も重なっている。国益を踏まえた批判は必要だが、指導者の性格や断片的な力関係の話に問題を縮小すれば事態の本質を見失いやすい。

 
NATO(北大西洋条約機構)の東方拡大がロシアの脅威認識を刺激したという構造主義的な説明には妥当性がある。しかし、より重要な問いは「なぜ中東欧諸国はNATO加盟を選んだのか」ということだ。冷戦終結後、これらの国々が集団防衛体制を選択したのは、ロシアの潜在的な脅威に対抗するための最善の主権的選択だった。「NATOの拡大を阻止する」として始めた戦争は、中立国だったフィンランドとスウェーデンがNATOに加盟するという逆説を生んだ。

NATOと欧州のあいまいな姿勢は事態を悪化させた。具体的な日程を伴わない加盟の約束と、クリミア半島武力占領後の生ぬるい対ロシア制裁で、ウクライナは「外交的な真空状態」で放置された。全面戦争は起きないという楽観と、米国の安全保障の傘は永遠に続くという誤った信頼の代償を今は厳しい形で払っている。

ウクライナの立場でこの戦争は単なる大国の代理戦争ではない。ロシアの属国として再びとどまるのか、それとも欧州の一員として再建するのかを決める独立戦争であり、アイデンティティーをめぐる戦争でもある。たとえ甚大な犠牲を払うことになろうとも「誰として、どのような姿で生きるのか」を自ら決めようとする決意を排除することはできない。

ウクライナは決して尊敬される国ではなかった。蔓延する汚職、オリガルヒ(新興財閥)、脆弱なガバナンスは長年の弊害だった。しかしコメディアン出身だと嘲笑する前に、既存政治の無能さに幻滅した国民がなぜゼレンスキーを選んだのかを問うべきだ。ウクライナが戦乱の中でも政治体制を維持し、国家の崩壊を食い止めているという事実は、決して軽視されるべきではない。ひょっとして韓国国内の政治に合わせた目線で展開されるゼレンスキーに関するゴシップ的な議論が我々を最善の選択へと導いているのかどうか、振り返る必要がある。

トランプ氏とゼレンスキー氏の個人的な確執、中間選挙など米国との関係はこじれていて、欧州は弱体化した。ウクライナはさらに窮地に追い込まれた。しかし指導者を批判し、支援の縮小を議論することはあっても、それが武力侵略を正当化したり、弱小国の自決権を軽視したりする根拠にはなり得ない。この戦争には、明確な加害者と被害者が存在する。大国が武力によって国境を変更することはできないという規範は、かつて弱小国だった韓国にとっても他人事ではない。1945年にヤルタで大国間の取引によって韓半島(朝鮮半島)の信託統治が簡単に決められた状況を思い起こせば、主権と独立のために戦う弱者の手を振り払わないことが国際規範に対する最低限の共感だ。

【中央時評】ウクライナ戦争、韓国が見落としていること(2)

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