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フーシ派、ミサイルも自ら製造して発射…サンダルを履いていた「烏合の衆」の反乱(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2026.10.21 08:43
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親イラン派のイエメンのフーシ派反政府武装組織がサウジアラビアやイエメン政府軍に対する攻勢を強め、中東の新たな強大勢力として台頭した。かつては山岳地帯の小規模な民兵組織にすぎなかったフーシ派が、長年にわたり築き上げてきた強大な軍事力を武器に、地域の安全保障や経済まで揺るがしている。

19日(現地時間)のAP通信によると、フーシ派は同日、イエメン南部のシャブワ州にある政府治安部隊の訓練施設に弾道ミサイル3発を発射した。アワド・アルワジル・シャブワ州知事は今回の攻撃で73人が死亡し、全員が18~20歳の新兵だったと発表した。負傷者は200人を超えると伝えた。

 
フーシ派は最近、サウジアラビアの空港や石油施設などの重要インフラも相次いで標的にし、攻勢を拡大している。今月10日にはサウジアラビアの首都リヤドにあるキング・ハーリド国際空港が攻撃を受け、13人が死亡、300人以上が負傷した。13日にはサウジアラビア東部のダーランにある国営石油会社アラムコの本社施設に弾道ミサイルが着弾し、建物の一部が損壊したほか、火災が発生した。フーシ派はこの2件のいずれも自らの攻撃だと主張した。

英シンクタンク「チャタムハウス」の中東・北アフリカ・プログラム研究員ファレア・アルムスリミ氏は12日、米CNNに対し、「現在フーシ派はイエメンだけでなく、世界でも最も強力で危険な非国家武装勢力の一つ」とし「イエメンの数百万人の住民を支配し、正規軍に匹敵する武器体系を備えている」と説明した。

フーシ派はかつて「みすぼらしい山岳戦士」「サンダルを履いた烏合の衆の民兵」などと呼ばれていた。まともな武器も持たず、活動範囲もイエメン北部の山岳地帯に限られていたからだ。2004年にイエメン政府軍と初めて武力衝突した当時、兵力はわずか数百人にすぎず、小規模部隊を中心に奇襲攻撃と撤退を繰り返すゲリラ戦術に依存していた。

そのフーシ派が過去とは比較にならないほどの武装勢力に成長した背景には、長年にわたるイランの支援と、独自の武器生産体制構築があったとの分析が出ている。イランは過去10年以上にわたりフーシ派に武器や資金、軍事訓練などを提供してきた。特に、イラン・イスラム革命防衛隊(IRGC)とレバノンの武装組織ヒズボラは、2010年代初頭からフーシ派にミサイルやドローン(無人機)の運用技術を伝授し、軍事力の増強を支援した。IRGCの政治顧問を務めたハミド・ニク氏は15日、ロイター通信に対し「イランが魚の釣り方を教えたようなものだ」と指摘した。

フーシ派はこれを基にドローンや一部の弾道ミサイルを自ら製造できるレベルにまで達した。イエメン政府軍出身の技術者や現地の専門人材に、海外から密輸したドローンのエンジンやミサイル部品、電子機器などをイエメン国内で組み立てさせる軍需生産体制を構築したのだ。最近は中国製の部品も調達し、武器の供給網を多様化させている。

フーシ派の成長の中心には、20年以上にわたって組織を率いてきた最高指導者アブドルマリク・フーシ氏がいる。フーシ派は彼の兄フセイン・バドルッディーン・フーシ氏が1990年代にイエメン北部でシーア派の一分派、ザイド派を基盤に結成した組織で、名称もフーシ家に由来する。2004年にフセイン氏がイエメン政府軍との交戦中に死亡すると、アブドルマリク氏が指導権を引き継いだ。

フーシ氏は公の場に姿を現すことがほとんどなく、主にビデオ演説を通じてメッセージを発信することから隠遁型の指導者と呼ばれている。しかし組織内部では軍事・政治上の意思決定の頂点に立つ人物として知られる。同氏の指導の下、フーシ派は2014年にイエメンの首都サヌアを掌握し、政府軍の武器庫や軍事施設を確保した。その後、イランとの協力を拡大し、ミサイル・ドローン戦力を強化した。青少年を対象とした宗教・思想教育や軍事訓練も実施し、長期的な兵力の確保と支配力の維持に向けた基盤を固めている。

フーシ派、ミサイルも自ら製造して発射…サンダルを履いていた「烏合の衆」の反乱(2)

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    2026.10.21 08:43
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    19日(現地時間)、イエメンのジャウフ州で、サウジアラビアの支援を受けるイエメン政府軍に対する攻勢に参加しているフーシ派反政府武装組織の戦闘員[EPA=聯合ニュース]
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