ハインリヒ・ハラーが「幸福の村」と呼んだ地が廃墟に…ネパールのトレッキング観光は途絶えるのか(1)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2026.09.03 13:44
「私たちは、キーロンを訪れた最初のヨーロッパ人だと聞かされた。村人たちは驚きに満ちた目で私たちを見つめていた。ある農夫の家に泊まったが、その家はチロル地方の家を思い起こさせた。村全体をアルプスから移してきたかのようだった。違うのは、煙突の代わりに家の屋根に祈祷旗(五色のルンタ)が掲げられていたことだけだった」
ハインリヒ・ハラーは『チベットの七年』で、キーロンを「幸福の村(the village of happiness)」と表現している。ハラーが泊まったのは害虫がはびこる干し草小屋だったが、「眼下に広がる氷河とシャクナゲの森の景色が、宿の不便さを忘れさせてくれた」と記すほど美しい場所だった。第2次世界大戦中に英軍の捕虜となったハラーはインドから脱出し、1945年にキーロンで約9カ月を過ごした。