【中央時評】韓国サッカー代表前監督の洪明甫と野球代表元監督の宣銅烈(1)
凄惨で苛酷だった。洪明甫(ホン・ミョンボ)前サッカー代表監督に対する嘲笑と侮辱のことだ。もちろん監督という地位は重大な責任を負う。国民的な関心事だったワールドカップ(W杯)での失敗や監督の選任手続きについて制度的な問題点があれば、それを検証して責任を追及することは可能だ。しかし洪監督の家族にまで脅迫や身辺の安全に脅威があったというのが事実なら、衝撃的と言わざるを得ない。パフォーマンスを批判して失敗を検証することと、人格殺人は決して混同してはならない。
2018年に野球代表監督の宣銅烈(ソン・ドンヨル)氏が国会に立たされた場面がオーバーラップする。当時、宣監督はアジア競技大会の選手選考に関する兵役特例論争で国政監査の場に立たされた。もちろん兵役特例を誰が享受するかは韓国社会において極めて敏感な問題だ。しかし当時の国政監査では監督の専門的な能力を貶めたり個人攻撃を行ったりしたことで、制度の問題点を点検して浮き彫りにするという国政監査の本来の趣旨が大衆の目の前で埋もれてしまった。当時、ある国会議員は名前を隠した2人の選手の単純打率や累積指標などいくつかの数字が書かれたカードを差し出し、択一問題のように「どちらを選ぶか」と公開質問をした。宣監督が「この数字だけで見れば……」と答えると、その議員は待ってましたとばかりに「では、なぜもう一方の選手を選んだのか」と追及した。別の議員は「中継映像で見てこそ選手たちを同時に細かく観察できる」と説明する監督に対し、年俸の金額を出しながら怠慢で現場に出勤していないかのように追及したりもした。批判が度を越えて専門的な判断に対する侮辱や過度な単純化にまで至った