【時視各角】ホルムズ通行料、韓国は見ているだけなのか
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2026.04.13 12:04
1452年、オスマン帝国の若きスルタン、メフメト2世はボスポラス海峡の最狭部に要塞「ルメリ・ヒサル」を建造した。地中海と黒海をつなぐ最小幅700メートルの海路を大砲で掌握したのだ。通行許可を無視したベネチアの商船が撃沈されると海には恐怖が押し寄せた。海峡封鎖は翌年の千年帝国ビザンティウムの没落につながった。
海峡を掌握しようとする試みは歴史で絶えず繰り返された。15世紀から400年間北海とバルト海をつなぐエーレスンド海峡をふさぎ通行料を取ったデンマーク王室が代表的だ。しかし文明史はこうした独占的横暴を容認しなかった。1857年、米国など海運大国は「自然海峡での通行料徴収は不当だ」としてデンマークを圧迫し、結局コペンハーゲン協定を通じて通行税を廃止させた。「自然海峡は人類公共の資産であり、無償通行が原則」という原則が確立された契機だ。トルコもやはり1936年のモントルー条約を通じボスポラス海峡とダーダネルス海峡に対する主権を認める代わりに平時の商船の自由通航を保障している。