<創刊企画「大韓民国トリガー60」(54)>炎天下で砂混じりのごはん食べ昼夜工事…海外建設1兆ドルの礎になった(1)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2025.11.26 11:25
1997年だけではなかった。74年にも通貨危機があった。原因は世界を襲った第1次石油危機。原油価格が天井知らずに高騰し、輸入額は大きく増えたが、世界的に景気が低迷し輸出は振るわなかった。74年の貿易収支は24億ドルの赤字だった。外貨準備高がせいぜい10億ドルだった当時の韓国としては耐えられない規模だった。また別のドル獲得の窓口だったベトナム戦争特需も消え、66~75年に支払われた対日請求権資金も終わろうとしていた。
そんな中で重化学工業育成に向け設備を買うためのドルが必要だった。四面楚歌に追い打ちをかけられたようなものだった。青瓦台(チョンワデ、韓国大統領府)の呉源哲(オ・ウォンチョル)第2経済首席秘書官は著書『韓国型経済建設6』でこのように回顧する。「金正濂(キム・ジョンリョム)青瓦台秘書室長は出勤するやいなや電話をかけた。『香港から金を借りるのは解決できたか』『原油代金は何日か待ってくれと言え』などだった。会社の社長が不渡りを防ぐのに電話しているようだった」。