福島原発事態14年…「バナナ花が開きました」(2)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2025.03.10 16:14
福島第1原発が見渡せる地域に移動した。道沿いには大震災当時に津波で半壊した家がそのまま残っていた。大熊町にある老人ホームのサンライトに到着すると、ガラス窓の向こうに倒れた椅子や毛布、服類が目に入る。あわてて避難した痕跡がそのまま残っているここは14年前までも町の高齢者の療養施設だったが、今は環境省が中間貯蔵施設現況を見る展望台となっている。案内を受けて仮設)階段を上がると、福島原発近隣に積まれた除染土が目に入った。
康環境省の戸ヶ崎康企画官は「大きな除染作業は終わり、中間貯蔵施設に搬入したが、今後も小さな部分を除染していく」と説明した。災害当時、双葉町と大熊町に住んでいた人は約2700人。しかし津波と原発事故のため住民は故郷を離れた。帰還困難区域となった故郷に戻ることができない人たちは中間貯蔵施設事業のために家の跡地と町を除染土貯蔵場所として譲った。戸ヶ崎企画官は「双葉町も帰還困難区域だったが、除染をしながら一昨年から戻ることが可能になった」と話した。しかし除染作業や建物建設のための作業者が大半であり、実際の住民の復帰は多くない。