【コラム】同時多発カードで韓半島安保地形を揺るがす北朝鮮(1)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2024.10.24 14:18
1940年10月23日。満州地域で中国共産党所属の抗日武装団体「東北抗日聯軍の朝鮮革命軍」を率いた金日成(キム・イルソン)は中国琿春を経て旧ソ連の国境線を越えた。金日成は自身の回顧録『世紀とともに』(8巻)で「国際党(国際共産党)が遠東(極東)で開く会議に出席するため」と書いた。しかし当時、日本関東軍の大々的な掃討作戦を避けるために旧ソ連に根拠地を移したというのが定説だ。
その後、金日成は日本軍の手が届かないハバロフスク近隣のブヤチュック兵営に留まり、満州を行き来する形で抗日武装活動をして解放を迎えた。こうした縁で金日成はソ連の支持と後援を背にして北朝鮮の最高指導者となった。金日成は国際党会議出席と根拠地を移す問題について長くためらったが結局は良い決定だったと回顧した。