【コラム】韓国先端技術40年の結晶「ヌリ号」、国民をあげて励ますとき(2)
◆研究員・エンジニアの労苦が輝く
ヌリ号打ち上げはその粘り強さでもう一つの感動を与える。1993年科学1号ロケットを打ち上げる時から大田(テジョン)の研究員と宇宙センターの発射場、全国のさまざまな企業から数千人が集結して一つの目標に向かって諦めることなく技術を蓄積してきた。その間にIMF危機や世界金融危機が津波のように押し寄せては過ぎ去り、長官が数十回と変わり、何人もの大統領が現場を訪問した。その変化のうず巻きの中でも韓国社会のどこかで発射体技術という目標一つを頭に置いて黙々と、粘り強く試行錯誤に耐えてきた研究者、エンジニア集団がいたことを記憶しておかなければならない。