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【コラム】企みが招いた悲劇…原爆投下、そして韓半島分割(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2021.08.05 16:37
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1945年8月6日、米国は広島にリトルボーイを投下した。人類が使ってはならない反倫理的武器を使用したのだ。当時、広島の人口全体の30%に相当する約7万人が即死した。負傷者のうち被爆による死亡者を合わせると約20万人にのぼり、うち韓国人の死亡者は3万人ほどだった。3日後、米国は長崎にファットマンをまた投下した。

そして天皇は日本全国に玉音放送をした。「米英に宣戦を布告した理由も、帝国の自存と東亜の安定を願ってのものであって、他国の主権を侵害したり、領土を侵犯したりするようなことは、もちろん私の心志ではない。(中略)敵国は新たに残虐な爆弾を使い、むやみに罪のない人々を殺傷し、その悲惨な被害が及ぶ範囲はまったく計り知れないまでに至っている。それなのになお戦争を継続すれば、ついには我が民族の滅亡を招くだけでなく、さらには人類の文明をも破滅させるに違いない。(中略)私は帝国とともに終始、東亜の解放に協力してきた友好国に対して、遺憾の意を表さざるを得ない」。

加害者としての反省が見られない。「残虐な爆弾」のために帝国の自存と東亜の安定を守るための戦争を放棄するしかなかったという内容だ。

意図したものではなかったが、結果的に米国は日本に免罪符を与えた。日本は加害者でなく被害者になった。1879年の沖縄強制合併から日清戦争と台湾強制合併、日露戦争と朝鮮強制合併、満州事変、第2次日中戦争、そして真珠湾襲撃後にアジア・太平洋戦争につながる戦争は他国を侵犯したのではなく、帝国の自存と東亜の安定のためという主張だった。

これはカイロ宣言の内容に全面的に背く。カイロ宣言は日本の戦争と占領は「暴力と貪欲により略奪した」ことを明確に規定している。また、朝鮮に自由と独立を与えるべき理由に「朝鮮の人たちが奴隷状態にあるという点」を挙げた。このように日本の無条件降伏を規定したカイロ宣言と違った日本の天皇の声明が出たにもかかわらず、米国はいかなる問題提起もせずに日本の降伏を受け入れた。

◆ソ連軍介入要請

米国は原子爆弾を使用するしかなかったのか。問題は帝国主義時代の遺産と米国の企みで始まった。また、日本の代わりに韓半島(朝鮮半島)が分割占領される原因にもなった。欧州では戦犯国家のドイツが分割されたが、なぜアジアでは韓半島とベトナムが分断されなければいけなかったのか。韓国とベトナムが日本やドイツのような戦犯国家だったのか。

18世紀以降の欧州帝国はアジアの多くの国を植民地化し、略奪と蛮行を繰り返した。日本はアジア帝国を欧州帝国主義から救うという「大東亜共栄圏」という名分を持って東南アジア各地を占領した。実際、日中戦争以降の米国の禁輸措置により、日本は東南アジアの石油など天然資源が必要だった。東南アジア独立活動家の一部は日本軍の進撃が欧州帝国主義者を追い出す機会だと信じた。この点が第2次世界大戦の戦争犯罪や現在の日本の「普通の国」化に対し、韓国・中国と東南アジア国家が異なる考えを持つ理由でもある。

さらに直接的な理由は、米国がアジア・太平洋での戦争を速やかに終わらせるために細工をしたためだった。米国はミッドウェイ海戦で日本に勝利して戦勢が逆転すると、日本との戦争を早期に終わらせることもできると考えた。もちろんそのためには英国と中国の助けが必要であり、それでカイロにチャーチルと蒋介石を呼んでカイロ宣言を発表した。

問題は太平洋の島々で発生した。予想以上に日本の抵抗は強かった。またドイツ軍はすんなりと降伏したが、日本軍は降伏せず自決した。死を覚悟して戦う敵軍の前で米軍は大きな被害を受け、ドイツの降伏を受けた時のように日本の本土を占領するのは容易でないという点を認識した。

それで米国が考えたのがアジア・太平洋戦争にソ連軍を介入させるというものだった。ソ連軍が介入すれば日本最強の関東軍を倒すことができるはずで、その場合、韓半島を通じて日本本土に米軍と共に進入することが可能だと考えた。そうすれば米軍の犠牲が減り、戦争を早期に終えることができるということだった。

ソ連はアジア・太平洋戦争に介入する状況ではなかった。欧州の戦争で最も大きな戦場は西欧でなくソ連だった。さらにドイツと戦闘をした地域はソ連の最も重要な産業地帯だった。この地域の再建が戦後の最も大きな課題だった。ソ連軍も同じだった。映画『スターリングラード』(Enemy at the Gate)に出てくる場面のようにソ連軍は疲弊していた。ソ連軍が参戦して北朝鮮地域を占領した直後に起きた略奪と破壊行為は、欧州での戦争で疲弊したソ連軍の状況をよく表している。 【コラム】企みが招いた悲劇…原爆投下、そして韓半島分割(2)

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    2021.08.05 16:37
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    1945年8月、広島・長崎に投下された原子爆弾は21世紀を生きる我々にも質問を絶えず投げかけている。写真は広島に投下された原爆。 [写真 米国原子遺産財団]
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