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【コラム】非核化意志の訴え人

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2021.02.17 13:54
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韓国の鄭義溶(チョン・ウィヨン)外交部長官は今月開かれた人事聴聞会で、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長に「非核化意志」があると答えた。7カ月前、李仁栄(イ・イニョン)統一部長官も人事聴聞会を控えて北朝鮮が非核化意志があると述べた。青瓦台(チョンワデ、大統領府)の徐薫(ソ・フン)国家安保室長は2年前に国家情報院長として東京を訪れたときも同じことを話した。彼らがない言葉を作ったはずがない。金委員長が「私の子どもたちが核を頭に載せて一生を生きていくことを望まない」と話したという証言もある。(アンドリュー・キム前米中央情報局コリアミッションセンター長)

事実、われわれは皆、金委員長の「非核化意志」を聞いたことがある。金委員長は2019年1月の新年の挨拶で「完全な非核化に進もうとするのはわが党と共和国政府の不変の立場であり私の確固たる意志」と公言した。北朝鮮において新年の挨拶は絶対的な意味を持つ。無誤謬の最高尊厳が公表した以上、これを教本として北朝鮮の各級組織・機構別に政策が樹立されて集団学習が行われる。

ところがこの世のことは、心に思ったからといってすべて実現するわけではない。「意志=現実」にはならず、「非核化意志=非核化」になりもしない。意志と現実は別の領域だ。非核化するには対価が要求されるが、この取引が成立するには条件が合わなければならず、条件が合わなければ「非核化の意志表現」で終わる。新年の挨拶が出た翌月の2月、ベトナム・ハノイで開かれた米朝首脳会談がまさにそのような事例だ。北朝鮮が出した「寧辺(ヨンビョン)カード」は米国が望んだ「寧辺とそれ以上」をクリアすることはできず、会談は物別れに終わった。非核化するには意志よりも条件と順列を合わせることが難題であることを示した実例だった。条件が合わず非核化が失敗に終われば「非核化意志」も「核保有意志」も結果は同じになる。

北朝鮮はそれまで間けつ的に進められた各種南北、米朝接触で自分たちが何を望んでいるかを一貫して伝えてきた。米国の北朝鮮体制認定は基本で、北朝鮮体制の保障を実質的に受けるとし、米国が韓半島(朝鮮半島)から手を引けと要求してきた。在韓米軍の撤収と韓米軍事同盟の解体だ。北朝鮮が掲げた「韓半島非核化」には「南朝鮮非核化」が含まれていて、南朝鮮非核化は韓半島外側の米国本土から提供する核まで含む非核化が核心だ。すなわち米国が約束した「核の傘」除去が韓半島非核化に含まれる。

これを永久的に保障するさまざまな条件の一つが在韓米軍の撤収と韓米軍事同盟の解体というものだ。韓米連合訓練中断はこの方向へ進む初期段階の「停泊地」だ。あわせて韓国に対しては「わが民族同士」を粘り強く主張しているが、これは言葉通り「米国と握った手を離せ」という要求だ。これを土台にして見ると、北朝鮮非核化がどれくらい至難の課題なのか検討がつくというものだ。核を持つ北朝鮮の非核化意志を信じて韓国と米国が先に安保的・外交的武装解除を始めることはできるだろうか。何よりも北朝鮮のいわゆる「非核化意志」は条件が合わなければ常に「核武力意志」に変わった。1992年韓半島非核化共同宣言、94年米朝ジュネーブ合意、2005年9・19共同声明がすべてそうだった。われわれは金委員長の2019年新年の辞で「非核化意志」の肉声を聞いたが、「新たな道」という「核増強プランB」も同時に聞いた。「米国が一方的にその姿を強要しようとして共和国制裁と圧迫に出てくるなら、(中略)新たな道を模索せざるをえない」だった。北朝鮮はすでに「新たな道」を歩く段階に来ている。

2000年代中盤、私は対北支援民間団体とともに平壌の土地を踏んだことがある。ここには頭に角をつけた人はいなかった。訪朝最終日、順安(スンアン)空港で短い滞留期間中に親しくなった北側実務者と握手をした時、揺れる彼の視線から言葉ではとても言い表せないような弱々しさが感じられた。だが、同じ民族という感情が冷厳な南北の現実を隠すことはできない。その数日前、その実務者は突然取材陣のカメラを一斉に回収した後、メモリーカードを取り出して写真を削除した。統制されなかった写真が外部に流出することを防ぐためだ。目と目で通じたとはいえ、韓国の要人を徹底的に管理しなければならない厳重な彼の現実と向き合わざるを得なかった。

非核化意志と非核化も同じだ。非核化意志を強調するのに先立ち、北朝鮮の心の奥底には決して譲らない条件があることを忘れないことが、北朝鮮がどんなカードを切るかを予測するために有効だ。冷静にならなければ滅びる。

チェ・ビョンゴン/国際外交安保ディレクター

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