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【コラム】「文在寅6・25の歌」

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2020.07.02 14:08
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6・25は生きて呼吸する。そこに怨恨と成就が絡んでいる。その行事に視線が向く。その中に緊張と好奇心が込められる。政権の歴史意識が表れるからだ。6・25戦争(朝鮮戦争)70周年だ。その日のソウル空港での追悼式の余韻と波紋は長い。その中に興味と反感が交錯する。

文在寅(ムン・ジェイン)大統領の発言の基調は平和だ。北朝鮮の南侵の話は抜けた。その省略は迂回と忌避の印象を与える。愛国歌の前奏(導入部)は紛らわしい。北朝鮮の愛国歌の楽譜と似ているという声が出ている。

 
そのような場面の中で劇的反転が準備された。舞台の流れは変わった。「6・25の歌」斉唱の順序だ。「ああ、どうして忘れられようか、我らがこの日を。祖国を敵が踏みにじりやって来た日を。素手で赤い血で敵を阻み、足を踏み鳴らし地面をたたいて義憤に震えた日を」。

「敵」は金日成(キム・イルソン)の北朝鮮軍だ。南侵は卑怯な奇襲だった。それで領土が血に染まった。歌詞は6・25の真実を激烈な情緒で圧縮する。怒りと復讐心に満ちている。行事場所は司会者の要請通りだ。「全員(出席約300人)起立して力強く」歌った。テレビカメラが移動する。一緒に歌う文大統領の姿をとらえた。その歌は60代以降の世代の脳裏に蓄積された。その人たちは幼い頃から習って歌った。その記憶の再生だ。

行事のテーマは6・25戦死者遺骨奉還。飛行機(空中給油機シグナス)の胴体はスクリーンだ。メディアファサードの視覚効果だ。夜空は黒の背景だ。ドローンがテーマの言葉(英雄に)を描く。それはタク・ヒョンミン儀典秘書官の手並みだろう。

遺骨は北朝鮮の地(米朝協議)→ハワイ(韓米共同鑑識)を経た。舞台の飛行機は遺骨を積んでこなかった。同種の別の飛行機だ。政府はその理由を防疫のためという。論争は続く。「見せるパフォーマンスなのか」。愛国歌導入部の編曲の内幕は糾明しなければいけない。

タラップは旅程の終わりだ。遺骨を抱えた軍人が降りてくる。ユン・ドヒョンの「老いた軍人の歌」が響く。「私が生まれたこの江山に軍人になり。~息子よ娘よ、悲しまないでほしい。お前たちは誇らしい軍人の息子だ」。歌は強烈に胸に刺さる。

感傷は複雑、微妙になる。恨めしい嘆息も出る。現実の状況とよじれてだ。顕忠日の追悼式(6月6日)でだ。北朝鮮の「韓国哨戒艦『天安』爆沈事件』の遺族は冷遇された。追悼式から抜けた。非難世論が広がった。政府は一歩遅れて遺族を合流させた。彼らは要求する。「戦死者の子はもう成人になった。誇らしい軍人の子になるようにしてほしい」。

文大統領は「死者」に対する義務感を表出する。「12万3000人の戦死者が帰ってくるその日まで、あきらめずに見つけだす」。その執念は「生者」にも適用しなければいけない。北朝鮮にいる国軍捕虜だ。捕虜の送還は切実だ。彼らの余生はいくらも残っていない。

6・25から70年の歳月が経過した。大韓民国の正体性が鍛練された。文大統領はこう整理する。「それは透徹した反共精神として、我々も良い暮らしをしようという勤勉さとして、国民主権と民主主義精神として多様に表出された」。反共は客観的に描写された。しかし現実の中でその語彙はタブーに近い。反共は遠くなった。

文大統領の言語は宣言的だ。「南北間の体制競争はかなり以前に終わった」。彼の言葉通りなら、それは「漢江(ハンガン)の奇跡」のおかげだ。1960-70年代だ。朴正熙(パク・ジョンヒ)と金日成の真剣勝負があった。韓国は朴正熙大統領の開放と輸出経済だ。北朝鮮は金日成主席の閉鎖と自力更生だ。結果は朴正熙の華麗な圧勝だ。金日成の惨敗だ。自力更生は北朝鮮を落伍者にした。

北朝鮮の反撃は核武装だ。国力の核心は軍事と経済力だ。文大統領の「体制競争終了論」は誤った判断と楽観だ。その基準は経済力に重点を置く。しかし核兵器は魔力の一手だ。厄介な魔法を発揮する。南北の国力の差がこんがらがった。それで体制競争は再開された。誤った判断は粗末なアジェンダを生む。「韓半島運転者論」は挫折の運命だ。

金正恩(キム・ジョンウン)委員長は核の妙味を楽しむ。核兵器は魔法の指輪だ。そのおかげで米国・中国の待遇を受ける。指輪を外せばどうなるのか。若い領導者の国際的な地位は崩れる。窮乏した王国の統治者に転落する。それが核を握る本当の理由だ。北朝鮮の基本協議案は交換だ。寧辺(ヨンビョン)核廃棄と経済制裁解除だ。北朝鮮の核・ミサイル施設は複数ある。寧辺はその中の一つだ。寧辺は捨てるカードだ。そのほかに秘蔵のカードが多い。

したがって「寧辺廃棄」はトリックだ。586執権勢力は北朝鮮の核放棄を期待する。そのような意識は「知的貧困」の産物だ。そうでなければ親北朝鮮体質のせいだ。

記念演説は渇望だ。「世界史で最も悲しい戦争を終わらせるための努力に北も大胆に臨むことを願う」。平和は矛盾だ。平和は平和で守れない。平和は魅力だ。正しい平和だけが魅力を発散する。核を放置した平和は苦痛と卑屈ということだ。文在寅政権の北核解決法は再構成されなければいけない。それがない念願ははかない求愛だ。「悲しい戦争」は終わらない。

パク・ボギュン/中央日報論説委員/コラムニスト

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