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韓国漆谷郡で「NO倭館」運動…「地名からも日帝の残滓を消すべき」

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2019.07.31 11:32
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倭館(ウェグァン)とは、朝鮮時代に建てられた日本人宿舎を意味する。倭館邑・倭館駅のような名前が残っている慶北漆谷郡(キョンブク・チルゴクグン)を含む各地域で日本式地名を消す動きが広がっている。

漆谷郡の歴史を立て直す推進委員会(以下、推進委)は29日、慶北漆谷郡倭館駅広場で「NO倭館」の集会を開いて倭館駅を漆谷駅に、倭館ICを漆谷ICや八莒(パルゴ)ICに変更しなければならないと主張した。

この日、集会で推進委は「漆谷は6・25戦争(朝鮮戦争)で断固として国土を守った誇らしい護国の地域」としながら「『日本人宿舎』という意味を持つ『倭館』という地名を消して『漆谷』に統合するなど、漆谷郡のアイデンティティを正しく立て直す必要がある」と指摘した。同時に、今年が三・一運動が起きて100年になる節目の年であるため、誤った歴史を正して漆谷の新しい未来100年を設計していくべきだ」と伝えた。

倭館は朝鮮時代に日本との交易のために作られたもので、日本人が滞在しながら生活していた宿舎だ。日本人がむやみに商業活動を行って問題を起こすと、朝廷で倭館をたてて日本商人が倭館の中に限って商業活動をすることができるように定めた。

釜山(プサン)・蔚山(ウルサン)・慶南固城郡(キョンナム・コソングン)などに倭館があった。慶北漆谷郡の場合、洛東江(ナクトンガン)下流から航路に沿って上がってきた物をソウルにのせていく前に保管していた倉庫があり、小規模の倭館が漆谷郡若木面観湖里(ヤンモクミョン・クァンホリ)・倭館邑錦山里(クムサルリ)などに建てられた。洛東江の航路沿いにある慶南金海(キムヘ)・昌原(チャンウォン)・大邱達城郡花園邑(テグ・タルソングン・ファウォンウプ)などにも小規模の倭館があったが、現在は歴史的な記録だけが残されてなくなった。漆谷郡に限って「倭館邑」などの地名として残っている。

現在の慶北漆谷郡には倭館ICをはじめ、倭館邑、倭館小学校など多様な名称に「倭館」が使われている。推進委は郡民署名運動・国民請願など多様な方法を通じて漆谷郡から「倭館」を消す運動を展開していく方針だ。

推進委員会のキム・チャンギュ委員長は「漆谷郡から始まった『NO倭館運動』が日本残滓清算運動に広がって全国に残っている日本の残滓が今回に清算されることを期待している」と明らかにした。

慶北漆谷郡の他にも大邱大谷洞(テゴクトン)と松ヒョン洞(ソンヒョンドン)など全国の所々に日本式地名がそのまま使われている場合が多い。これに対して一部の地方自治体では日本式地名の整備を推進中だ。

全羅南道(チョルラナムド)では4月から莞島郡(ワンドグン)のカマクミなど日帝強占期から使われている日本式地名などを探して清算している。莞島郡莞島邑カヨン里の入り江であるカマクミは日帝強占期に日本の漁民が漁労をしていたところで日本式地名だ。「カマクミ」は湾の地形を称する日本語だ。

慶南昌原市でも日本式地名を整備する事業が推進されている。昌原市は4月大韓民国臨時政府樹立100周年を迎えて日本式地名を市民らとともに発掘・調査して整備することにした。市民誰もが日本式と疑われる地名が見つかれば12月31日まで市のホームページ・ソーシャルメディア、近い邑・面・洞の行政福祉センターで理由および根拠資料を添付して情報提供を受け付ける。

道や市・郡単位の地方自治体の名称は地方自治法により国会の同意を得て変えることができる。だが、地方自治体に属した村・面のような行政区域の名称変更は国会の同意は要らない。地方自治体傘下の村・面などの名称変更はまず住民投票を経る必要がある。基礎議会レベルで住民投票を行い、住民の過半数が投票して3分の2以上が名称変更に賛成すれば関連条例を制定、あるいは改正できる。その後、市・郡の地名委員会と市・道の地名委員会審議を経て国家地名委員会で最終審議・議決し、国土地理情報部院の告示で地名変更が確定される。

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    2019.07.31 11:32
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    「漆谷郡の歴史を立て直す推進委員会」は29日、慶北漆谷郡倭館駅広場で「NO倭館」集会を開き、倭館駅を漆谷駅に、倭館ICを漆谷ICやパルゴICに変更する必要があると主張した。[写真 漆谷郡歴史立て直す推進委員会]
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