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「強制動員被害者を国家有功者に指定せよ」遺族が青瓦台前で集会

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2019.07.24 11:35
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猛暑注意報が発効された23日午後、青瓦台サランチェ前の道路で100人以上の60~80代高齢者が「強制動員被害者を国家有功者に指定せよ」「韓国政府が強制動員被害者の賠償の先頭に立てよ」という掛け声を叫んだ。日帝強制動員被害者遺族総連合会が主催した集会でだ。集会は午後2時から2時間20分程度続いた。この日、最高気温は摂氏32度に達した。集会参加者は疲れたようにアスファルトの床や石壁に座り込んだりもした。

集会には全国から集まった強制動員被害者および被害者遺族150人(集会側推算・警察側推算110人)が参加した。「請求権直ちに還収」「請求権直ちに補償」などの文面が書かれた鉢巻を締めてプラカードを手にした。警察は万一の衝突に備えて兵力3中隊の180人を配置して状況を見守った。高齢の出席者のために警察側が冷や水を準備したりもした。集まった取材陣の中には日本メディアもあった。

日帝強制動員被害者遺族総連合会のペク・チャンホ会長は「毎年8月15日と3月1日になると、三千里美しい山川が日本に蹂りんされ、36年間息も休めずに過ごしたわが先祖の遺憾と悲しみが思い出して眠れない」として「1965年韓日請求権協定で受けた3億ドルは強制動員被害者のもので、それが大韓民国経済の元手になった」と強調した。彼は「政府は自国民に対する賠償支給窓口を早急に開いて解決し、強制動員被害者と遺族を国家経済有功者として優遇するのが当然だ」と主張した。

集会出席のために忠清北道永同郡(チュンチョンブクド・ヨンドングン)から来たキム・ヘソンさん(72)は「日帝強制動員に父が連れ去られて帰ってきてから数十年が過ぎたが、賠償・補償も受けたことがない」として「今回、日本の経済報復を見てとても腹が立って初めて集会に参加することになった」と話した。「うちの父は太平洋戦争勃発直後、強制徴用されて3年で帰ってきた。家族の皆が亡くなったと思って祭儀も行った」というソ・ジョンフェさん〔70、慶尚南道巨済市(キョンサンナムド・コジェシ)〕は「賠償・補償が重要なわけではない」として「強制動員被害者も戦争に参加したが、いかなる国家有功も認められないというのが妥当か」と話した。

集会参加者は午後3時15分ごろ「青瓦台秘書室長を呼んでほしい。私たちも国民として青瓦台に入る権利がある」として青瓦台へ行進を試みた。警察がこれを制止して少しの間もめごとが起きたが、集会参加者が本来の席に復帰して物理的な衝突が起きたりもした。

ペク会長は「請求権の賠償・補償問題の解決のために政府と国会などに集会と嘆願などを続けるだろう」と話した。

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    「強制動員被害者を国家有功者に指定せよ」遺族が青瓦台前で集会

    2019.07.24 11:35
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    23日午後、青瓦台サランチェの前で日帝強制動員被害者遺族総連合会の集会が開かれた。この日、全国から集まった強制動員被害者および被害者遺族110人が参加した。イ・ビョンジュン記者
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