【コラム】いかなる法も民主主義の慣行ほどの価値はない=韓国
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2019.04.30 14:09
1987年のソウル汝矣島(ヨイド)は人波の対決場だった。金大中(キム・デジュン)候補、金泳三(キム・ヨンサム)候補、盧泰愚(ノ・テウ)候補が遊説で競争した。金泳三候補は釜山(プサン)水営湾(スヨンマン)で勢力を誇示し、金大中(キム・デジュン)候補はボラメ公園で不正選挙糾弾集会を開いたりした。
当時はまだ官権の動員があった時期だ。盧候補の汝矣島集会がある日、大方(テバン)駅の前に積まれているる地域別の表示板を見た。それを持って地域別に人を引率し、広場の指定された位置に配置した。公企業はもちろん金融機関も汝矣島広場で出勤確認をした。野党候補が遊説をする広場にも全国からの観光バスが並んだ。帝王的総裁が公認権を握っていて、議員も政治志望生も動員能力を見せないわけにはいかなかった。それでも遊説人波は民心を確認する尺度と認識された。