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【時視各角】米国人を感動させた挙手敬礼…韓国でも見たい

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2018.12.12 08:39
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#1。「自動的だった。私も自分がそのような行動をするとは予想できなかった」

今月4日、ジョージ・H・W・ブッシュ元大統領の棺の前で感動の「左手挙手敬礼」をしたボブ・ドール元上院議員。第2次世界大戦参戦当時に受けた負傷の後遺症で右手は機能を失い、左手もほとんど麻痺(まひ)状態だった。動いた指はやっと3本。だが、その姿は疲労したトランプ時代を生きている多くの米国人に感動を与えた。何が95歳の老政客ボブ・ドールを車椅子から立ち上がらせ不自由な左手を自動で引き上げたのだろうか。

 
2人は敵同士だった。ブッシュは裕福層の出身、かたやドールは貧困層の出身だった。1976年共和党全党大会でブッシュは密かに副大統領候補を狙っていたがドールにおされた。その内幕を知るドールはわざわざブッシュ(当時CIA局長)に国家安保のブリーフィングをさせた。ブッシュは歯ぎしりした。88年共和党選挙戦当時、2人は激しい誹謗戦を繰り広げた。ニューハンプシャー州の選挙戦当日、ドールはテレビの生放送で「おい、ジョージ!私に対する嘘はもうやめてもらえないか」と叫んだ。その日の夜、ブッシュは日記帳にこのように書いた。「ボブ・ドールは役立たず野郎だ」。状況は反転した。ブッシュは大統領当選後、真っ先に政敵であるドールを招いた。「私にはあなたが必要だ」と手を差し出した。

ドールもその手を握った。92年に再選に失敗して衝撃を受けたブッシュを真っ先に夕食会に呼んで慰めたのもドールだった。その日夜、ホワイトハウスに帰ってきたブッシュはドールにこのように手紙を書いた。「親愛なるボブ、あなたが招いてくれた時、私は行きたくありませんでした。(夕食会場の)音楽と向き合う自信がなかったのです。だが今、私はあなたの招待がとてもありがたく思っています。今日、あなたが私に掛けてくれたあたたかい言葉がそうさせてくれました。あなたは本当に高潔な指導者です。私がワシントンを離れる時、あなたの大切な友情、尊敬を胸に去ることでしょう。ありがとう、ボブ。11月10日深夜に。ジョージより」(ブッシュ・コック、『My Father, My President』)

#2。ドールの挙手敬礼を見た瞬間、頭をかすめたのは2006年春、日本の調布市の低い軒先の玄関脇の部屋で見た光景だった。朴泰俊(パク・テジュン)と瀬島龍三。95歳の瀬島は見舞いに来た朴泰俊が部屋に入った瞬間、車椅子から渾身の力を振り絞って立ち上がった。それからやっとのことで挙手敬礼をした。驚いた朴泰俊もつま先を揃えて丁重な敬礼で応対した。日本陸軍士官学校を首席で卒業し、太平洋戦争時にソ連軍の捕虜としてシベリアで11年間流刑生活を経験した瀬島。小説『不毛地帯』の実際の主人公で、「株式会社日本」を編み出した、日本繁栄の策士だった瀬島は、日本が韓国に犯したことについて生涯心苦しく思い謝った。朴泰俊はそのような瀬島を広い胸に抱いた。翌年、瀬島は亡くなった。瀬島の最後の挙手敬礼には同時代を生きた者の間の友情と尊敬、苦悩が凝縮されていた。

我々はドール、瀬島の挙手敬礼から何を見なければならないのか。ブッシュと朴泰俊は葛藤と反目の関係の中でも手を差し出した。理解されて大きくなり、尊敬が芽生えた。和合は先に手を差し出すことで始まる。我々の現住所はどうだろうか。過去の政敵、意見が違った者は徹底して積弊として追い立てる。彼らが積弊になってこそ自身が定義されると考える。事実、過去の政権は皆そうした。問題は、より多くの積弊を、より長く追い立てているという点だ。

いつからか相手が「死んでこそ終わる」と思わせるような恐ろしい社会になってしまった。このような社会で誰が幸せだろうか。誰かは幸せだろうか。我々にも「自動で」挙手敬礼したい、そのような誰かがいたらよいのだが。

金玄基(キム・ヒョンギ)/ワシントン総局長

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    2018.12.12 08:39
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    生前のジョージ・H・W・ブッシュ大統領(右)とボブ・ドール元上院議員(左)。
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