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【コラム】朴大統領の英語が韓国語なまりの英語だって?(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2015.04.06 09:31
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以前、私は「朴槿恵(パク・クネ)大統領の『英語弔問録』の失敗」という題名の新聞記事を読んだことがある。朴大統領が果たして「ブラボー-ユア-ライフ(Bravo-Your-Life)」式の韓国語なまりの英語を弔問録で駆使したのかと心配している読者のために、原文を引用する必要があるだろう。次の文章だ。「The Korean people join all of Singapore in mourning his loss(韓国国民は彼を失った悲しみをすべてのシンガポール国民と共にする)」。

この文章について「ぎこちない」「間違いだ」という話が出た。「his loss」が「シンガポール国民が彼を失った」ということなのか、でなければ「リー・クワンユー首相が何かをなくした」ということかどうかの問題だ。

 
この問題についてこのように答える。「それを一体、誰が問い詰めるのか」。朴大統領が話そうと思った内容は明らかだ。言語は結局、脈絡の問題だ。この「事件でもない事件」について誰かが文を書いたというのは、大統領の英語の駆使能力よりも「韓国社会における英語の本質と役割とは何か」という問題とさらに密接している。私が知っている限り朴大統領の英語は立派だ。

韓国社会は人を英語能力で判断する。より正確に言えば平均的なネーティブスピーカーさえ全く知らない学者ぶった文法規則やあやふやな単語をいかに多く知っているかを確かめる試験問題を、どれほどよく当てるかによって人を判断する。

大統領さえこうした形の「英語文法ファシズム」から自由でないのなら、ほかの人の境遇は絶望的だ。

英国人である私は、もちろん英語が美しいと思う。だが英語は韓国では美しくもなく、さらには「言語」でもない。他人をあざ笑うための道具だ。

大統領を批判することは全く間違ったことではない。過去12カ月を振り返れば批判する口実になるものが多い。また批判を飛ばさなければ民主主義国家ではない。だが外国語のささいな面よりもさらに良い批判の種は多い。


【コラム】朴大統領の英語が韓国語なまりの英語だって?(2)

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