甲午改革、親日・親清・親露派が周辺国に頼る…互いに争い主権喪失の道へ
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.01.03 13:42
朝鮮は1894年、近代国家への変化を図った。開化派の官僚が主導した「軍国機務処」を中心に、政治・経済・社会・文化など全分野にわたる210件の改革案と建議案を作った。しかし未熟な改革案は失敗するしかないことを甲午改革は見せている。
朝鮮侵略を着実に準備してきた日本は、朝鮮の内政改革を開化派の官僚に任せた。朝鮮人の反発を最小化し、清など第3国の介入を遮断するための布石だった。しかし朝鮮の国民は開化派の背後の日本に注目した。金弘集(キム・ホンジプ、当時52歳)をはじめとする開化派の官僚を親日派と認識した。当時の改革主導層は東学農民軍を匪徒などと呼び、庶民の支持を得るうえでも限界があった。