【噴水台】安重根義士をオズワルド、文世光に例えるとは
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2013.11.26 10:34
日本で最初の首相・伊藤博文(1841~1909)は、日本政治史で特異な記録を持っている。歴代首相の中で、戦争ではない状況で殺人を犯した唯一の人物だという点だ。殺人だけでなく外国公館へのテロも行った。20歳前後の彼は、強烈な尊皇壌夷(天皇を敬って西欧列強に対抗する)主義者であった。1862年、伊藤は著名な国学者だった塙保己一の息子であり同じ国学者だった塙忠宝(次郎)が幕府からの依頼で天皇廃位の先例を調査するという噂を聞きつけいきりたった。そして山尾庸三とともに刃物を振りかざして塙忠宝を殺害した。政治的見解が違う人物(長井雅楽)を暗殺しようとして未遂に終わったこともある。1862年12月には英国公使館の焼き討ち事件に加担した。殺人犯でありテロリストだったということだ。
伊藤は直後の1863年に長州藩の密令を受けて同僚4人と共に英国に密航する。一生一代の転機であり日本の運命にも大きな影響を与えた留学だった。最強国の英国で新しい文明と国際情勢に開眼したのだ。伊藤・井上馨(聞多)・山尾庸三ら5人は帰国後、日本を新興列強へと押し進めることに寄与し今でも「長州五傑」と呼ばれて賞賛を受けている。今年、密航150周年を迎えて7月に伊藤一行を助けた英国人教授夫婦を賛える記念碑が英国で除幕され、安倍晋三首相は感謝状を贈った。