【噴水台】自叙伝の倫理学
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2011.03.27 12:07
プラトンが書いた「ソクラテスの弁明」はソクラテスの法廷弁論だ。彼は「私の命がついている限り決して知を愛して追求する仕事を辞めないだろう」と叫んだ。自身の行動を正当化するために使った作品を古代ギリシャ・ローマ時代には「アポロギア」(apologia)’といった。英語「apology」(謝罪)の語源だ。弁明よりは弁論、弁護がより合った翻訳だ。自己批判的性格が加わればアウグスティヌスの「告白」でもルソーの「懺悔録」のような記録になる。今日の自叙伝の根源であるわけだ。
自叙伝の亜流は回顧録(memoir)だ。自叙伝と回顧録は自身の見解で特定事件・人物を叙述した1人称のストーリーテリングだ。最高の機能は自己浄化だ。文を書く過程で心のしこりを解くことだ。自己防衛機能もある。アンデルセンが3度も自叙伝を出した理由も評論家らの酷評に対抗するためだった。問題は自己浄化・自己防衛が度を超えた時だ。 「そうではなくて」という形の暴露性自叙伝に倫理の問題が頻繁に出てくるのはそのためだ。