悲運のサッカースター、2年でつかんだ「ジャパンドリーム」の奇跡(1)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2010.03.05 16:19
本人は否定するが、彼は明らかに‘悲運のスター’だった。 1996年アトランタオリンピック(五輪)最終予選で崔竜洙(チェ・ヨンス、現FCソウルコーチ)に次いで2番目に多くの攻撃ポイントを記録し、大活躍したスタープレーヤーのイ・ウヨン(37)。
186センチの身長に抜群のシュート力で彼は崔竜洙・禹成用(ウ・ソンヨン)とともに「ビショベッツ(当時の監督)師団」の‘恐怖の三角編隊’を形成した。 特に決定的な場面で得点・アシストした彼のゴール感覚は天賦的とまで言われた。 94年から3年間国家代表としてプレーした彼は、延世(ヨンセ)大を卒業した後、日本の大分トリニータ球団に進出、1年半ほどプレーし、1得点8アシスト(20試合出場)を記録した。 98年に帰国し、安養(アンヤン)LGに新人資格で入団した時は最も有力な新人王候補だった。 しかし足首の負傷で1シーズンわずか2試合の出場にとどまった。 そして翌年、26歳という年齢で選手生活を終えることになった。 彼の同期の李雲在(イ・ウンジェ、現韓国代表ゴールキーパー)がまだ活躍中であることを考えると、あまりにも早い引退だった。