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【噴水台】四寅剣

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2010.01.03 09:42
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寅年になると思い出す伝統文化の遺産の中に四寅剣がある。名前が四寅剣であるのは、寅年陰暦正月(寅月)の最初の寅日の寅時に作られる剣だからだ。百獣の王であるの寅の気運が4つも重なるため陽気が極に達し、あらゆる邪悪な気運を退けると伝えられている。同じ原理で竜の気運を込めた四辰剣という剣もあったというが、今日は伝えられていない。

12年に一度ずつ、それも決まった日の午前3時から5時の間に作れるということで、ひとまず希少性が保証される。このために王室やその一族が所蔵できる貴重な剣だが、人を切る剣ではない。悪神や鬼神から主人を保護する祭礼用の斬邪剣の一種だったため、最初から刃を研いでいない。

 
斬邪剣とは、もともと中国後漢時代に五斗米道を創始した道教の指導者の張陵が玉皇上帝から譲り受けたという刃物だ。四寅剣の剣身にも北斗七星と二十八宿など星座、呪符と真言が刻まれていて、道教の影響が色濃く感じられる。

当然、朝鮮時代はずっと儒学者出身の朝廷の大臣はこの剣をよく思っていなかった。王らの反応もさまざまだ。「朝鮮王朝実録」によると、燕山君(ヨンサングン)は1506年、四寅剣をなんと200本を作らせるほどこの剣の愛好家だったが、その後の中宗は1529年、大臣らの反発で製造を取りやめている。

最近になって数人が伝統様式に従って四寅剣を復元したりしたが、現代の職人にとって有力商品の四寅剣を従来のまま12年に一度ずつ作れというのは無理な要求だ。しかも準備期間が3カ月もかかるという朝鮮時代の四寅剣製造法は非常に厳格なものであり、これをすべて守るのは不可能と考えられるほどだ。李圭景(イ・キュギョン)の「五洲衍文長箋散稿」によると、「180年を超える鉄を材料に使用し、庚申年または辛酉年に生まれた職人を探して太乙方向に火床を設置し、鉄を溶かしながら…剣を作った後には必ず白い鶏で祭事を行う」などと、守らなければならない条件が非常に多い。

四寅剣で退ける妖怪や雑神は産業社会とともに消えてしまったが、今日残っている四寅剣の美しい姿を見れば、職人の功徳が無駄でなかったことが分かる。庚寅年正月、新年を設計する心の姿勢としては立派な手本ではないかと思う。

                          ソン・ウォンソプJESコンテンツ本部長

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