【社説】原則も格調も見えない光化門広場
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2009.12.09 09:31
8月にオープンした光化門(クァンファムン)広場をめぐり論議が活発化している。専門家はもちろん、一般市民たちも広場のアイデンティティとはいったい何かという疑問をみせる。ソウル市は昨日、遅く「来年2月から専門家・市民が参加するシンポジウムを3回開き、広場運営基本方向を定める」と明らかにした。5カ月間、何をして今になって運営方向を新たに模索するということなのか哀れなばかりだ。
光化門広場オープンを迎え、我々は広場が「歴史と文化が調和した休息と余暇の空間」と位置づけなければならないと呼びかけた。現実は正反対だった。何よりソウル市が公言した「大韓民国代表広場」にふさわしいアイデンティティと運営原則を見せることができなかった。これまで光化門広場は市民たちの休息空間だったのか、でなければ歴史体験学習場だったのか。常設イベント会場だったのか、でなければ花園と噴水台がメインの都心の公園だったのか。これといったどっちつかずのイメージがごちゃごちゃに重なることは広場造成と運営に関する原則と哲学、コンセプトができていなかったからだ。