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臨津江放流の犠牲者、涙の告別式

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2009.09.14 08:24
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13日午前、京畿道高陽市(キョンギド・コヤンシ)の東国(トングク)大学・一山(イルサン)病院。

9月6日未明に北朝鮮が突然ダムから大量の水を放流し、ソウル北方の南北(韓国・北朝鮮)軍事境界線を流れる臨津江(イムジンガン、京畿道漣川)で、急激な増水により死亡、行方不明になった犠牲者ら6人の合同告別式が、遺族を含め約200人が出席した中、行われた。

 
遺族らは涙をこらえながら、遺影の前に立った。「天国で安らかに」と故人の永眠を祈った。父親(故イ・ギョンジュ、38)とともに死亡したヨンテク君(8)の担任チョ・ヘジンさんが追悼の辞を読みはじめると、式場はあっという間に涙で包まれた。

「ヨンテク君は皆に愛される子で、父親とのキャンピングを楽しみにしていた。今でも父親と一緒に新しい所へ旅立っているだろう…」。

チョ・ヘジンさんは「常に幸せな子だったヨンテク君を思いながら」と題した弔辞で「先生は今でもヨンテク君が父親とともに、君が好きだった冒険を続けているだろうと信じている。そろそろ君を安らかな所へ送らなければ」とし号泣した。ヨンテク君の遺影の前には普段大好物だった菓子が供えられた。

一瞬に息子と孫をなくしてしまった故イ・ギョンジュさんの母親は「このまま別れることはできない」と泣き叫び、一時意識を失った。自身を救助した後、天国に行った父親(ソ・ガンイル、40)の遺影の前に立った息子ウテク君(12)は母親に抱かれて涙を流した。

ウテク君はママが悲しみにこらえ切れず泣きつづけると、母親の手を握ったまま、ハンカチで母親の涙を拭いて、見る弔問客の胸を痛ませた。ソさんは事故当時、キャンプ中に増水で孤立されると、ウテク君をアイスボックスに乗せて約30メートルを泳いだ後、息子を川沿いに押し出した。しかし自身は川沿いで急流に巻き込まれ行方不明になった後、翌日冷たい遺体となって帰ってきた。

遺体は同午後、京畿道碧蹄(ビョクジェ)にあるソウル市立スンファ院で火葬された後、納骨堂に安置された。遺族らは「北朝鮮の放流がなかったならば…」「警報システムさえきちんと稼働していたなら…」という切ない嘆息とともに、一握りの灰となった犠牲者を送り出していた。

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