こうして韓国側有力人物と会う過程でひとまず平壌に呼んでおき、最後までいらだたせる方式は金委員長特有の統治の術だというのが北朝鮮専門家たちの指摘だ。これまで北朝鮮は韓国側に金委員長と会う時間や場所を事前に約束した例がないという。2000年6月、首脳会談のために平壌を訪問した金大中(キム・デジュン)大統領も金委員長が直接、順安(スンアン)飛行場に迎えに出るという確答なしに飛行機のトラップに上がらなければならなかった。同年8月末、南北長官級会談首席代表として訪朝したパク・ジェギュ統一部長官は交渉が壁にぶつかると金委員長との談判を推進した。執拗な要求の末、OKサインが出たのは8月31日夜だった。金容淳(キム・ヨンスン)労働党統一戦線担当秘書とともに平壌から列車に乗って一晩中走り、翌日の未明に到着した所は東海岸の某所の金委員長特閣(別荘)だった。
今回の場合にも金委員長は会談が行われるかをめぐって世論の関心が最高潮に達するまでじらす状況を作った。長期抑留中の開城工団の労働者ユ某さん解放のカギになる玄貞恩(ヒョン・ジョンウン)会長と自分の会談に集まった韓国内部の目も意識したようだというのが当局者たちの診断だ。相手をほとんどあきらめさせるか疲れさせ、「びっくり会談」を通じて自分が対話のテーブルの主導権を握り、立場を極大化する方法を使っているという話だ。