【社説】インターネットの弊害はだれが責任を取るのか
インターネット空間で表現の自由と責任の境界線はどこにあるか。「ミネルバ」という筆名で政府の経済政策を批判してきたパク・デソン氏に一昨日の1審で裁判所が下した無罪判決はこの問題に対する社会的合意を導出する出発点にしなくてはならない。検察が即時控訴すると明らかにしただけに、われわれは上級審がどのように判断するか注意深く見守りたい。これとは別にインターネットでの無責任な主張が招く副作用を最小化する策について真摯な社会的討論が行われるべきだとみる。必要ならば国会が乗り出して法的な不備点を補完すべきだ。
裁判所はパク氏が虚偽の事実をインターネットに書き込んだことは認めながらも、「全的に虚偽事実だと認識していたとみるには難しく、そうした認識があったとしても公益を害する目的があったとは認定できない」と明らかにした。検察が適用した電気通信基本法の罰則条項を厳格に解釈したものとみられる。問題は予想される後遺症だ。新聞・出版・放送など既成メディアは関連法規と社内規定に基づき虚偽報道や主張をあらかじめ抜いたり、厳格な事後措置を取る。言論の自由、表現の自由に相応する「責任」を負うものだ。これにより「ミネルバ誤報事件」を呼び起こした「新東亜」の関係者も調査を経て解任などの懲戒を甘受した。しかし10歳以上の国民の80%が利用するインターネットでは他人のことをかけつぎした扇動的な主張を匿名でむやみに上げ大きな被害を呼んでも無制限で免責されるなら果たして穏当だろうか。