「海は人をつなぐ母の如し」。日本福井県の閑静な村にある碑石にハングルと日本語で刻まれた言葉だ。 碑石が建てられた理由はこうだ。1900年1月、朝鮮の商人93人を乗せた木船1隻がこの村に漂流してきた。ウラジオストクで物を売買し、咸境道明川(ハムギョンド・ミョンチョン)に戻る途中、風浪に見舞われてから半月後のことだ。 住民は飢えた船員にご飯を食べさせ、傷を治療し、8日後に無事に帰国できるよう手助けした。 話が通じず漢文で筆談を交わした船員と住民は別れる際、お互い抱き合って涙を流したという記録が伝えられている。 村の住民はこうした草の根の民衆の交流を歌にして児童に教えている。