「親切な警察」→「甘い公権力」…歴代政権と公権力(1)
光化門通りのデモが止まらない。50日が過ぎた。「公権力は一体どこにあるのか」という批判は激しくなっている。本来の機能を失って久しい公権力に対して専門家たちは「民主化以後、確立しなければならない公権力の正当な権威が20年経ってもその場で戸惑っているからだ」と指摘する。歴代政権での公権力執行とその反作用の歴史を振り返った。
◇初めて市民の同意を得たYS公権力=金泳三(キム・ヨンサム、YS)政権の発足と同時に公権力はこれまで軍人政権の「政権守護先導者」から「法秩序の守護者」として市民の同意を得はじめた。1987年、民主化以来初の“文民政府”のタイトルだけでもかなり多数の市民は公権力の役割を肯定的に受け入れ始めた。東国大クァク・テギョン教授(警察行政学)は「形式的民主化が実現したために大規模デモはこれ以上説得力を持てなかった上、警察に代表される公権力を見る視線も変わった」と分析した。実際96年、韓総連が主導した「延世大事態」は世論の呼応を受けることができなかった。しかし「赦免権乱発に見るようにYS自ら人治論争をもたらし、法治を尊重せず法に基盤を置かなければならない公権力の正当な権威を立てることができなかった」(成均館大政外科キム・イルヨン教授)という指摘のように、史上初の機会を活用することができなかった。