李承燁は爆発的だった。セントラルリーグ打撃(3割2分3厘)、本塁打(41)それぞれ2位に入った。シーズン終盤の左ひざの負傷さえなかったら、タイロン・ウッズ(当時中日)に本塁打王のタイトルを渡さなかったはずだ。巨人に李承燁は救いだった。翌年4年最大30億円の超大型契約が誕生した背景だ。
黄金期は1年だった。李承燁はずっと下り坂を歩いた。2007年、序盤から左親指の痛みで苦労し、7月11日、阪神戦を最後に2軍に下がった。後半期の開幕とともに戻って来た李承燁は、痛みをこらえながら、30本塁打を放った。