【中央時評】大統領の父親をかじって食べる息子(1)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2013.08.02 15:43
偉大な人物の息子だからといって必ず偉大になれるわけではない。しかし息子が正しければ、父子は代を引き継いで尊厳を維持するだろう。「まっすぐ」とまでとはいかなくとも脱線だけでもしなければ、富める者の歴史性は保存されるだろう。
1592年、外敵が侵略した時に高敬命(コ・ギョンミョン)は高位の職を終えて全羅道光州(チョルラド・クァンジュ)に住んでいた。官軍が崩れるとすぐに高敬命は2人の息子と共に義兵を起こした。長男は38歳、次男は31歳であった。2人の息子は義兵の指揮官を引き受けた。錦山(クムサン)戦闘で父親と次男が戦死した。『国朝人物考』の倭難時立節人部分にはこのように書かれている。「一つの家で5、6人が相前後して命を捧げ、富める者も兄弟も全て忠孝や義烈として世の中にあらわれたのだが、これこそ古今でめったに見ないことではないか」。