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魯迅の孫「日本、過去に背を向ければ未来は見えない」(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2015.09.23 09:52
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周令飛氏(52)を見た瞬間、初めて会った人ではないような感じがした。疑問は魯迅基金会秘書長と書かれた名刺を受けた瞬間に解けた。顔の輪郭と目、そしてひげまでが中国の文豪、魯迅(1881-1936)に似ていたからだ。親が決めた最初の夫人との間に愛情が全くなかった魯迅は40歳を超えてから17歳年下の弟子、許光平と生涯初めてで最後の恋に落ちた。周令飛氏は魯迅と許光平の最初の孫だ。周氏は「祖父は1936年に亡くなり、実際に会ったことはない」と述べた。しかし周令飛氏は魯迅から名前を受け継いだ。令飛は本名が周樹仁だった魯迅がかつて使用していたペンネームだ。

周氏は自分を「文化工作人」と紹介した。若い頃、美術雑誌で仕事をしたのをはじめ、映画、美術、文芸分野で活動してきた。日本留学と台湾生活を経て1999年に上海に戻った周氏は映画『魯迅』の制作にも参加した。周氏は「数年間の準備期間を経て2012年に魯迅基金会を創設したが、文化界で築いた人脈が大きな力になっている」と話した。周氏に会ったのは18日に上海師範大学で開かれた日本軍慰安婦関連の講演会だった。魯迅基金会がこの講演会を共同主催した。

 
--韓国人被害者まで招待して講演会を開いたが、もともと慰安婦問題に関心があったのか。

「必ずしもそうではない。祖父の遺志を一言で要約すれば、より良い社会を作ることだと考える。基金会は魯迅の遺志を称えて引き継ぐための公益活動をする団体だ。日本軍慰安婦問題の真実を知らせる講演会を主催したのもこうした活動の一環だと考えている」

--魯迅先生は日本で留学をし、日本人の友人も多かったが。

「その通りだ。1936年に上海で亡くなるまで日本人の友人は多く、最期を看取った医師も日本人だった。私も80年代に日本に留学し、日本人と一緒に生活をした。どこの誰よりも日中友好関係を渇望している。しかし安倍政権の発足後、両国関係がこのように悪化するとは思っていなかった」


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    2015.09.23 09:52
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    中国の大文豪・魯迅の孫の周令飛氏。周令飛氏は公益活動の一環として上海で慰安婦講演会を開いた。
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