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80年前の小説のように、「長いトンネルを抜けると雪国」…湯沢紀行

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.02.19 15:33
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新潟県湯沢は「雪の国」だ。一年の積雪量が5メートルに達する。

1934年冬、ここで35歳の病弱だった作家と19歳の芸者が出会った。1年後、彼らが滞在した旅館を背景に短編『夕景色の鏡』が出る。以後、連作形態で発表された短編が集まって48年に出版されたのが小説『雪国』だ。川端康成(1899~1972)はこの小説で68年にノーベル文学賞を受賞する。

 
80年前、川端が流れついた湯沢を今月初め再び訪れた。テサン文化財団と教保(キョボ)文庫が共同で主催した「雪国文学紀行」参加者16人と一緒だ。東京からバスで3時間ほど走った。群馬県と新潟県をさえぎる海抜2000メートル級の越後山脈が目の前に現れた。バスは長さ13キロのトンネルを通過するところだ。小説の最初の文章「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」という部分に登場するトンネルだ。10分余りトンネルを走ったあげく目の前に現れた雪山が旅行者たちを喜ばせた。

当時、川端は温泉で有名だった「高半旅館」に療養するつもりでここに立ち寄った。彼が滞在した2階の畳部屋に上がった。この旅館で最も展望が良い部屋だ。

外に広がる雪山が、ひと目で見渡せないほどだった。川端とここで向き合った芸者の松栄(本名・小高キク)は小説の中で次のようによみがえる。「鏡の奥が真白に光っているのは雪である。その雪のなかに女の真赤な顔が浮かんでいる。なんともいえぬ清潔な美しさであった」。松栄との初めての出会いは川端にこのように感じたのだろう。目の前に完璧に広がる自然、そして私の前にいる人だけに集中できる環境だ。

幼くして祖父母と両親、妹と死別した川端は、孤児としての孤独さを克服するために文学を選んだ。その中でも彼が一生をかけて最も愛着を寄せた作品がまさにこの小説である。

男女の主人公はお互いに愛情を抱いているが、どうしても見ようとしない。その地味さが川端自身と似ていている。文学紀行に同行したコ・ウンギ漢陽(ハニャン)大学文化コンテンツ学科教授(53)は「小説の中で、自然や女性に対して感じる美しさを静かな独白で解いていくやり方が、まさに日本人の美に対する情緒だ」と説明していた。

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    80年前の小説のように、「長いトンネルを抜けると雪国」…湯沢紀行

    2014.02.19 15:33
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    日本の湯沢にある高半旅館。1934年、川端康成が1カ月滞在した後に小説『雪国』を執筆した。
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