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新羅騎兵の札甲、1600年ぶりに日の目見る(2)

2009.06.03 14:15
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◆独特の部長文化が残したよろい=C10号墓は主副槨式木槨墓だ。遺体を埋葬する主槨の横に各種副葬品を入れて置く副槨の窪みを別に用意した後、木で郭を組みこんだものだ。新羅王陵によく見られる積石木槨墳に進む前の段階の古墳形態だ。主槨には馬の着用するよろいが首・胸の部分、胴の部分、尻の部分の順で西から東の方向へ順番どおり底に敷かれた。その上に将帥が着たものと推定される札甲が正しく置かれた。

国立慶州文化財研究所チ・ビョンモク所長は「よろいを底に順に敷いてその上に遺体をおいたので、平たい状態で出土されたものとみられる」と説明した。よろいを着せた状態で埋葬するとか、木槨の上によろいを安置すれば、木や遺体が腐る速度によって遺物が沈みながらでこぼこの多い状態で残るようになるというのだ。チ所長は「発掘状態から見て馬は一緒に埋葬しないことがほとんど確実であり、よろいの上に安置した将帥の遺体は土ぼこりとなって消えたものとみられる」と述べた。

 
◆チョクセム地区ー=慶州市皇吾、皇南、仁旺洞一帯に形成された4~6世紀新羅王族と貴族の集団墓地。総面積38万4000平方メートルに達するチョクセム地区は国内で指折り数えられる発掘地だ。1960年代以後、民家が立ち入り古墳遺跡の毀損が深刻な状態となった。文化財庁と慶州市は古墳群発掘のために2002年からこの地域の民家と私有地などを買い受けた後、2007年3月、発掘を始めた。国家形成過程を見せる新羅積石木槨墳と木槨墓、石槨墓、甕棺墓など墓150基がまとめて大量確認された。金で作ったイヤリング、金銅馬鞍裝など遺物3000余点も見つかった。慶州市はチョクセム地区一帯を古墳公園として造成し、発掘過程を一般に公開して観光資源化するという計画を立てた。この地域をすべて掘り起こすには後20年ぐらいかかるものとみている。


新羅騎兵の札甲、1600年ぶりに日の目見る(1)

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