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韓半島の重要な時期にいつも‘民主党大統領’がいた

2008.11.10 17:46
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 米次期大統領のバラク・オバマ氏の民主党政権は今後、韓半島の安保に多くの変化を与えると、専門家らは予想している。 米国の民主党政権は20世紀以降、韓半島の運命に決定的な役割を果たしてきた。 トーマス・ジェファーソン大統領(第3代)から始まった米民主党は自由主義的な国際主義を標ぼう、孤立主義性向の共和党よりも国際政治に頻繁に介入してきたのは事実だ。

ハリー・S・トルーマン大統領(第33代)は、北朝鮮が1950年6月25日に南侵すると、すぐに米軍と国連軍を投入し、韓国戦争(1950-1953)に参戦した。 ソ連の支援を受けて韓半島を共産化しようという北朝鮮の意図を看破したからだ。 決定が少しでも遅れていれば、韓半島は北朝鮮によって統一されている可能性もあった。

 
ジョン・F・ケネディ大統領(第35代)はベトナム戦争に本格的に介入した。 ケネディ大統領は当時、世界が共産化ドミノの脅威を受けていると判断し、ベトナム派兵を3200人に拡大した。 61年のクーデターで政権を握った後に米国を訪問した朴正煕(パク・ジョンヒ)元大統領を、ケネディ大統領はあまり好まなかった。 しかしベトナムに韓国軍を派兵するという朴大統領の提案は受け入れた。

ジミー・カーター大統領(第39代)は北朝鮮の脅威に対応し、78年、韓米連合司令部を創設した。 77年に就任したカーター大統領は78-82年、3段階に分けて在韓米軍と核兵器を完全撤収することにし、その代わり韓米連合司令部をつくることにした。 しかし在韓米軍司令部と情報機関・議会の反対にぶつかり、在韓米軍は完全撤収ではなく6000人を縮小するにとどまった。

93年に就任したビル・クリントン大統領(第42代)は北朝鮮核問題の突出で前政権の在韓米軍縮小と韓米連合司令部解体政策を中断した。 クリントン政権は序盤は北朝鮮との交渉を試みた。 しかし北朝鮮が核兵器不拡散条約(NPT)を脱退し、核査察を拒否すると、核施設が集中している寧辺(ニョンビョン)を爆撃する作戦計画を立てた。

高麗(コリョ)大の金キム・ソンハン教授は「米民主党政権は幅広い思考で、敵とも対話をするほど柔軟だ」とし「しかし相手が約束を守らなかったり原則と信頼を崩したりすれば、軍事力などあらゆるものを動員し、迅速果敢に懲戒する性向がある」と指摘した。

したがってオバマ政権は核と人権問題をめぐり北朝鮮とまず対話をし、チャンスを与えるとみられる。 しかし北朝鮮が核兵器を放棄せず米国を欺いたり北朝鮮住民の人権問題を解決しなければ、金正日(キム・ジョンイル)政権を強く制裁すると予想される。

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