【時論】なぜ韓国にはユーチューブのような企業がないのか(1)

【時論】なぜ韓国にはユーチューブのような企業がないのか(1)

2018年10月11日14時05分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  サムスン電子や現代自動車はあるが、韓国にはなぜユーチューブやグーグル、フェイスブックのような革新的な企業はないのだろうか。2000年ごろのことだ。一般の人も特に制限なく自分が制作した映像をアップロードできる「オリーブキャスト」という映像共有プラットホームを淑明(スンミョン)女子大が作った。かなり多くの人たちが利用していたが、1年余りで閉鎖された。技術的・財政的な問題もあったが、サービスが持続できない最も大きな理由は、誰でも映像を簡単に載せることができるシステム自体に対する不信感と拒否感だった。その後、数年が過ぎて米国で大人気の革新的なサイトがあるというので見てみると、オリーブキャストとよく似ていて驚いたことがある。それが現在世界最大のメディアプラットホームに成長したユーチューブだ。

  最近、韓国でもユーチューブ利用量が急激に増加している。ツイッターやフェイスブックのような競争ソーシャルメディアの下降傾向が目立つ中、利用時間基準ではユーチューブが地上波テレビの次だという。人々が集まるため問題点の指摘も増えている。先日インターネット基盤の映像プラットホーム(OTT)サービスを放送法上の規制対象に含める統合放送法草案が公開された。新しい映像サービスを法的体系に編入し、ネットフリックスのような外国企業と国内有料放送事業者の逆差別問題を解消するためだという。ところが同時に嫌悪表現やフェイクニュース問題を挙げて現政権に批判的な保守的ユーチューブチャンネルを規制するのではという疑いの視線も少なくない。

  社会的疎通において表現の自由と規制問題はいつも政治的、イデオロギー的なイシューだった。ここには大きく3つの異なる観点がある。まず、規制されない疎通は問題を誇張して不満を強め、恐怖と混乱を助長するため、コミュニケーターは資格を持つ(licensed)の人たちに制限しなければいけないという立場だ。嘘は伝染性が強く、社会を不安にするという考えだ。

  大衆疎通は混乱どころか、不満と批判、そして変化に対する欲求を眠らせる、巧妙に抑圧的で操作的な役割を遂行するというもう一つの観点もある。現実で資本と権力の代理人の役割をする社会的疎通は、大衆が従来の体制に順応し、問題に無関心で、支配的な価値を追従させるという見方だ。前者が保守主義的な見解なら、後者は進歩的・社会主義的な観点だ。これらは思想と意見が交わされる市場を信頼しないという共通点がある。

  問題があっても可能な限り自由に話して聞けるようにすべきだという自由主義的な見方もある。この観点で見ると、自由な社会的疎通は異質な人々が集まって相互理解と妥協・交渉・協力することで社会の中で共存できる重要な物理的、心理的土台になる。誰でも自由で制限なく発言することは問題にならず、尊重され、推奨しなければいけない。公正で自由に競争できるなら、良いのは生き残り、そうでないのはふるい落とされるという信頼がここにある。

【時論】なぜ韓国にはユーチューブのような企業がないのか(2)

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