「ユーチューブ政治時代、扇動型政治指導者の出現が心配」(1)

「ユーチューブ政治時代、扇動型政治指導者の出現が心配」(1)

2019年02月08日16時38分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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李準雄(イ・ジュンウン)教授は「ユーチューブ政治がポピュリズムに向かうことが強く懸念されるが、政府が考えるような規制の強化は答えにならない」と強調した。
  ユーチューブ政治時代の幕開けだ。洪準杓(ホン・ジュンピョ)前自由韓国党代表のユーチューブチャンネル「ホンカコーラ」、柳時敏(ユ・シミン)元議員の「アリレオ」などプロの政治家が次々とユーチューバーに変身中だ。シン・ジェミン元企画財政部事務官の内部告発もユーチューブだった。大統領も「政策広報にユーチューブをうまく利用すべき」と話すほどだ。

  こうした動きには期待と懸念が存在する。ユーチューブが韓国政治の新たな1ページになるという期待と、伝統的メディアの危機の中で確認されないフェイクニュースに対する懸念が対立する。インターネットやSNSを通じて事実より感情や信念で加工された「代替事実」が先立つ「脱真実(post truth)」現象は、米国のトランプ大統領の当選に影響を及ぼすなど世界的なものだ。

  メディア環境の変化による韓国談論権力の変化に注目してきた李準雄(イ・ジュンウン)ソウル大言論情報学科教授に会った。李教授はメディアプラットホームの多角化が韓国談論公衆(市民)と談論権力(政治エリート)の関係を変化させたと分析する。今はメディアの変化により伝統的な政治エリートが再編される時期であり、一定の条件で扇動的で権威主義的なポピュリスト指導者の出現が予想されると懸念した。李教授は政府が推進する規制論には反対する考えを明確にした。インタビューは先月末、中央日報で行った。

  --最近の韓国政治はユーチューブなしには説明しにくい。

  「まずはホンカコーラとアリレオ。政治家が政党を捨ててインターネットに行った。シン・ジェミン氏の暴露。以前ならメディアや政党を訪ねたが、直接ユーチューブを選んだ。最後にチョ・グク民情首席秘書官。フェイスブックで『国民が助けが必要』と呼び掛けた。やはり規定された政治的過程を踏まず市民に直接訴える戦略だ。これが見せているのは、政治エリートと大衆の疎通方式、世論形成方式が変わったという点だ。政党とメディアという精製された通路を通さずに受容者を直接選択する」

  --なぜ政党とメディアを「パス」するのか。

  「伝統的政党体制の無気力だ、伝統的メディアに対する不信感、市民的疎通チャンネルの活性化が理由だろう。民主化の結果、誰でも話せる時代になった。学校、官僚組織、宗教集団、職場など社会全般の旧制度は崩壊中で、市民社会の分化も階層、性別など極端化している。こうした変化を従来の政党や社会団体が受け入れずにいる。なぜユーチューブに行くのか。そこに大衆が、支持者がいるからだ」

  --ユーチューブ政治の到来をエリートの変化と説明しているが。

  「ユーチューブの浮上で実際に生じるのは、韓国社会の談論権力、すなわち政治エリートの変化だ。今は伝統的な政治エリートが再編され、新しい疎通型政治エリートに置き換わる時期だ。伝統的政治エリートとは国会議員、長官、軍人、弁護士、教授、言論人などをいう。この人たちは学閥を利用して地縁、学縁、姻戚関係で権力の塔を形成する。外勢であれ、軍部であれ、財閥であれ、隠れている本当の権力の代わりに執行力、行政力を行使する。一方、疎通型エリートとは2002年以降に本格的に登場し、魅力の競演場で訓練を受けた人たちだ。数年前まで誰もがエリートと認めなかった人たち、例えばキム・ジェドン、ソル・ミンソク、大図書館(実名ナ・ドンヒョン)、キム・オジュン、孫石熙(ソン・ソクヒ)ような人だ。伝統エリートは行政力を持つ人たちであるため厳粛に命令すればよかった。しかし疎通型エリートは競演場で魅力競争をする存在だ。行政力でなく魅力、感動、説得力を武器に大衆と直接疎通して政治的動員をする」

  --競演場で魅力競争をすれば感性政治に向かうしかない。

  「この人たちはアリストテレスのレトリック3要素、エトス(背景と魅力)、パトス(感動的行為)、ロゴス(妥当な論弁)を備えた人だ。容貌が良ければプラスになるが、必ずしもその必要はなく、魅力的で感動的な話、話術があればよい。インターネット談論公衆は『いいね』『購読』『フォロー』のような方式で権力を与える。インターネット談論公衆とはインターネット同好会掲示板の常駐者、コミュニティー利用者、SNS利用者を意味する。2000年代初めに約200万人と推算されたが、今では規模の推定に意味がない。この人たちは単にインターネットだけに存在するのではなく、実在する公衆ということが2016、17年に確認された。ろうそくであれ、太極旗であれ、光化門(クァンファムン)を埋めた人たちを見ればよい。洪準杓、柳時敏、チョ・グクのような人たちは伝統型と疎通型エリートの中間段階だ。ソウル大を出たが、必ずしも学閥で成功したわけではなく、むしろアウトサイダーのようでありながら疎通能力で成功した人たちだ」

  --ユーチューブで大衆と疎通さえうまくすればエリートになる。危険ではないのか。

  「それが問題だ。ユーチューブ政治というものが競演文化の活性化だからだ。クジャクのような人が登場し、短いメッセージで魅力競争をし、購読者数やいいねでリアルタイム人気投票をしながら序列ができる。見る人は楽しいが、極端なポピュリストが出現する可能性はいくらでもある。いくら目立ちたがり屋でおかしな人でも30万人さえ動員すれば再生産構造が作られる構図だ。以前のようにメディアと政党に連結された一つの公論の場が解体され、無数の個別領域ができたが、この個別領域は検証の力がない。米国やハンガリーのように危険な政治指導者がいくらでも出てくるおそれがある」

  --扇動的ポピュリストを防ぐには。

  「談論公衆(市民)の積極的な談論的介入が答えだ。おかしな話をする人たちを追いかけて反論なり、嘲弄なり、攻撃的なプレーで関心を引くなりしなければいけない。犯罪なら申告、告発する。例えば書き込みがひどいからといって無条件に閉鎖するのが良いわけではない。イルベ、ウォマド、エステル(キリスト教原理主義サイト)のようなところの問題は介入する人がいないという点だ。他人が見ず自分たちだけと考えるほどおかしくなる。ところが知識人や政府がむしろ規制強化を持ち出すのが問題だ。葛藤が深まって争いになっても市民の談論介入を活性化し、高次元的な談論競争の場を開くのが正しい。それが政府の役割だ。反論、批判、嘲弄などには嫌悪も当然含まれる。進歩知識人の間にも憎悪発言を規制しようという声があるが、自由民主主義国家で嫌悪発言自体を規制する道理はない。名誉毀損罪や侮辱罪でふるいにかけることができる。インターネット自体が談論公衆の介入が活性化するようデザインされた空間だが、これを逆に規制するのは効果もなく副作用ばかりもたらす」

「ユーチューブ政治時代、扇動型政治指導者の出現が心配」(2)

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