「私は慰安婦と呼ばれています」…裁判所に届いた手書きの手紙

「私は慰安婦と呼ばれています」…裁判所に届いた手書きの手紙

2019年03月07日16時51分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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旧日本軍慰安婦被害者である吉元玉さん(92)がムン・ヨンソン部長判事に送った手紙。(写真=ソン・ギホ弁護士)
  「尊敬する裁判長、私は慰安婦と呼ばれている23人の生存者の中の一人です。私の故郷は平壌(ピョンヤン)で、私は13歳の時に日本に連れ去られて言葉では言い表せない苦痛を受けました。私の年もう92歳です。私は、私が死ぬ前に必ず真実を明らかにしたいと思います。日本が慰安婦問題の真実である強制連行を認めたかを国民に知ってもらえるよう切実に訴えます。心より訴えます。ありがとうございます」

  7日に公開されたこの手紙は旧日本軍による慰安婦被害者である吉元玉(キル・ウォノク)さん(92)の手書きのものだ。手紙はムン・ヨンソン・ソウル高裁行政3部部長判事宛てとなっている。彼にこのような手紙が届いた理由は、彼が朴槿恵(パク・クネ)政府時代である2015年12月28日に行われた「韓日慰安婦合意ミステリー」を解くカギを握っているためだ。

  ムン部長判事は2016年2月、民主社会のための弁護士会(民主弁護士会)所属のソン・ギホ弁護士が「慰安婦合意関連交渉文書を公開せよ」として外交部長官を相手取って起こした訴訟の控訴審裁判長を務めている。

  ソン弁護士が公開を求めたのは2014~2015年14回にわたって行われた局長級協議の過程を記録した文書だ。これは日本政府が当時、慰安婦の「強制連行」事実を認めたかどうかを確認するためだ。安倍首相は慰安婦合意当時、強制徴用について「責任を痛感する」と発表したが、彼が強制連行を公に認めたかどうかは確認されていない。むしろ、その後慰安婦徴用の「強制性」を否定するかのような発言で議論になった。

  2017年1月、1審を引き受けたソウル行政法院は「交渉文書を公開せよ」としてソン弁護士の軍配を挙げた。だが、外交部は判決に従わず控訴し、事件はソウル高裁に渡された。万一、ムン部長判事も「公開政党」の判決を下せば、大法院(最高裁)でも同じ決定を降す可能性が高くなる。

  ソン弁護士はこの日、控訴審裁判法廷の前で吉元玉さんの手紙を公開した。ソン弁護士は「これに先立ち、1審は被害者が決して消されない人間の尊厳性を侵害され、『最終的かつ不可逆的』という合意の過程を国民が知る必要があると判決したが、外交部の控訴で合意内容が公開されていない」と明らかにした。

  また、「訴状を提出する当時、40人の被害者が生きていたが、もう22人しか生存していない」として「外交部は控訴をあきらめ、今でも直ちに日本が強制連行を認めたかどうかを公開せよと言い渡した1審判決を履行しなければならない」と明らかにした。

  吉元玉さんは13歳で旧日本軍に連れ去られ、8・15光復(解放)の後にも分断されたせいで故郷である平壌の土地を踏むことができなかった。吉さんは過去20年間、日本をはじめとする全世界を回りながら日本の蛮行を告発し、被害の補償を要求する活動を繰り広げてきた。2016年には他の被害者らとともに日本を相手取り損害賠償訴訟を始めた。だが、日本政府が3回も訴状の受け取りを拒否し、裁判は3年間開かれずにいる。
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  • 旧日本軍慰安婦被害者である吉元玉さん(92)がムン・ヨンソン部長判事に送った手紙。(写真=ソン・ギホ弁護士)
  • 過去2011年当時、旧日本軍「慰安婦」問題の解決に向けた定期水曜デモに参加した吉元玉さんと今は故人になった金福童さん。