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<地方が競争力>忠南‘百済古都’扶餘復元へ…日本文化村も作る(1)

2008.05.13 10:49
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12日、忠清南道扶余郡窺岩面(チュンチョンナムド・プヨグン・ギュアムミョン)ハプジョン里に位置する「百済歴史再現団地」(百済団地)の工事現場。

 
「第2の慶州(キョンジュ)」を夢見る百済(ペクジェ、B.C.18-A.D.660)の古都・扶餘の再現に向けて宮廷工事の進められている。94年から総事業費3771億ウォン(約380億円、国費・道費771億ウォン+民間資本3000億ウォン)を注入し、2010年まで百済文化を復元する事業だ。

「燦爛(さんらん)たる百済歴史・文化との出会い」というコンセプトで、330万平方メートルの敷地に建設される百済団地は▽王宮村などがある歴史再現村▽観光客のための複合観光地域--の2つのテーマで造成される。「大百済展」が開催される2010年のオープンを目指す。

◇泗沘百済を復元=歴史再現村は現在70%の工程が進んでいる。百済歴史のうち泗沘(サビ、現在の扶餘)百済(538-660年)を復元する。百済第30代王の武王は泗沘百済時代に、日本に天文・地理などの書籍と仏教を伝えるなど、輝かしい泗沘百済の復興期を先導した。

代表的な名物は百済王宮。新羅・唐連合軍により全焼してから1348年ぶりに建て直されている。国内最大の古建築工事で、ここに使われる木材だけでも160億ウォンにのぼる。仕上げの段階に入った王宮は、王の執務室にあたる中宮殿(330平方メートル)の柱の高さが18メートルに達するほど壮大な規模だ。

瓦の工事が終わり、緑・赤などの色も塗られた。王宮のそばには超大型の五重塔も建てられた。この搭には513トンの木と瓦3万1768枚が使われた。各建築物は基礎から建築・色彩に至るまで徹底した考証を経ている。百済固有の「下仰式」という伝統建築工法も導入された。この建築法は、中国と日本の古建築から苦労して見つけたもので、百済建築の神髄とされる。→(2)へ続く

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