【時視各角】湖南半導体、「紙のファブ」に終わってはいけない=韓国
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2026.07.02 13:32
「失敗すればみんな一緒に迎日湾(ヨンイルマン)の海で死のう」。1968年に朴泰俊(パク・テジュン)浦項製鉄(現ポスコ)社長が浦項(ポハン)の海辺に製鉄所を初めて建設する時、現場で職員らを激励しながら言った言葉だ。朴泰俊元首相は生前の2004年、中央日報に「残したい話」を連載しながら切迫した雰囲気を証言した。1973年に浦項製鉄1基設備を完工するまで、対日請求権資金1億1948万ドルを含む当時の韓国ウォンで1204億ウォン、直前に完工した京釜(キョンブ)高速道路の工事費の3倍かかった。その後の10年間に2・3・4基まで設備を拡張するのに追加で2兆ウォン以上が投入されたという。浦項製鉄は朴正熙(パク・ジョンヒ)政権当時、大韓民国の経済構造を重化学工業中心に転換した産業化の信号弾だった。
朴政権はその後、1973年に重化学工業育成計画を立てて8年間に鉄鋼、造船、機械、化学、非鉄金属、電子など6部門を戦略業種に発展させるのに88億ドル(約4兆2000億ウォン)を投資することにした。その結果、蔚山(ウルサン)・麗水(ヨス、石油化学)、亀尾(クミ、電子)、昌原(チャンウォン、機械)、巨済(コジェ、造船)などに巨大産業団地が順に造成された。物価上昇を反映して現在の価値に換算すると、約60兆ウォン、実質国内総生産(GDP)成長を反映した価値では240兆ウォンにのぼる。