朝鮮後期の画家・金弘道が描いた金剛山の下絵を発見…全盛期をうかがわせる宝物級資料(2)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2026.06.01 14:05
檀園は先輩画員の金応煥(キム・ウンファン、1742~1791)とともに王命を受け、江原道原州(カンウォンド・ウォンジュ)へ出発し、珍富(チンブ)・五台山などを経て内金剛・外金剛まで巡った。二人はそれぞれ100点余りの下絵を描き、それを基に絹本着色の『金剛山図巻』を制作して正祖に献上したという。幅約20メートルと推定されるこの作品は、後に宮中の火災で焼失し、現在には伝わっていない。当時の下絵画帖に関連する作品は、現在10組余りが伝わっているが、その中でも『金剛四郡帖』(絹本着色、全60点、個人所蔵)と『海東名山図帖』が最高傑作として挙げられる。
チン・ジュンヒョン氏は「謙斎の表現主義的な真景山水画を継承しながら、さらに写実的な画風へと発展させたのが檀園だ」とし、「今回発見された10点は、金弘道の金剛山画帖の空白を埋めるものであり、朝鮮時代の真景山水画研究における画期的な資料だ」と述べた。