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尹大統領の参謀が語る真相 「金建希夫人のために戒厳をしたと考える」 [戒厳1年秘話](1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2025.12.02 14:25
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「よく聞いてほしい。戒厳は成功した。周囲には何も言うな。李在明(イ・ジェミョン)も終わり、韓東勲(ハン・ドンフン)も終わった」。

2024年12月3日夜、「尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領選挙陣営」にいたA氏は「女史(金建希夫人)ライン」と呼ばれたある人物からこのような内容の電話を受けた。A氏は当時の通話内容をはっきりと覚えていた。

 
「私に『尹錫悦大統領に批判的な話をするな』と忠告してきた。わずか戒厳宣言の10分後だったが、あまりにも冷静だった。戒厳が宣言されることを、そして後の進行方向をすでに知っているような言い方だった。あきれた」。

すなわち、尹前大統領が非常戒厳を宣言したその日午後10時27分以前に、戒厳断行の事実を知っていた人は意外にも多かったはずということだ。この中に金建希(キム・ゴンヒ)夫人も含まれていたのだろうか。

A氏だけでなく全国民がその日夜、戒厳布告令が発動された時から12月4日未明に戒厳が解除されるまでショックと怒りが入り混じった状態だった。その後、四季が流れる間、尹錫悦前大統領は拘束→弾劾→釈放→再拘束となり、同時に始まった3つの特検チームの捜査も最終段階にある。

しかし依然として戒厳をめぐる根本的ないくつかの疑問は消えていない。

「実録尹錫悦時代」取材チームは「尹錫悦政府」の参謀、閣僚、大統領選挙陣営関係者、いわゆる「女史ライン」および「秘線」など数十人に会って戒厳関連の意見を聞いた。もちろん彼らもほとんど戒厳に関する限り観察者だったが、尹前大統領を至近距離で見てきた人たちであるだけに、意味があると判断した。

取材チームが彼らに投入した最初の質問はやはり「いったいなぜ尹前大統領は戒厳を断行したのか」だった。

<1>なぜ戒厳したのか

突然の非常戒厳は幸い、国会と市民の迅速かつ積極的な対応、戒厳軍の遅くて消極的な対応のおかげで6時間で幕を下ろした。しかし動機に関する疑問は相変わらずだ。「不正選挙の究明」など尹前大統領が掲げた表面的な理由はいくら考えても説得力が落ちる。尹前大統領の参謀だったB氏は多くの人々が内心思っているその理由に言及した。

「我々(元参謀)はみんな金(建希)氏のために戒厳したと考えている。不正選挙について大統領はそこまで真剣に信じていなかった。共に民主党の相次ぐ弾劾は昨日今日のことではなかった。当時の権力内部状況、政局状況を知る人はみんな金氏のために戒厳したと考えている」

一言で尹前大統領が「金建希司法リスク」を解消するために戒厳を断行したということだ。戒厳宣言の3時間前、三清洞(サムチョンドン)のある建物に入って戒厳関連の指示を受けた金峰植(キム・ボンシク)前ソウル警察庁長官も捜査機関で「尹前大統領が戒厳宣言の理由に『家庭事情』に言及した」と明らかにした。

実際、当時の尹前大統領夫妻は危機一髪の状況だった。「金建希特検法」再議決が迫った状況で、当時与党だった国民の力は内部の意見対立でそれを阻止する雰囲気ではなかった。B氏は「当時、親韓東勲(ハン・ドンフン)派が『12月10日に予定された再議決投票で別の選択をすることもある』と余地を残しながら特検法通過の可能性がさらに高まっていた」と伝えた。

大統領選挙陣営で活動したC氏も「戒厳発表を金建希特検法とミョン・テギュン氏ゲートなど金建希リスクの解消のための最後の手段として使ったのは明らかだ。戒厳の原因の何%と定量化することはできないが、金建希リスクの一挙解消ないしは最後の反発だった側面が大きかった」と分析した。

こうした観点は「少数意見」でない。内乱特検チームも金建希リスクの解消が戒厳の本当の原因だった可能性があるとみて、終盤の捜査力をそこに集中している。

竜山(ヨンサン)大統領室の参謀D氏も「金建希原因説」を排斥しなかった。ただ、D氏はそれ一つだけが原因ではなかったという立場だ。

「当時の尹前大統領の支持率は10%台にすぎず、公職社会の誰も動かなかった。そのような状況で国政調査や金建希特検法などが次々と出てミョン・テギュンの件までが浮上した。さらに監査院長と金建希捜査検事らが次々と弾劾訴追され、そこに李在明(イ・ジェミョン)民主党代表が偽証教唆裁判1審で無罪判決を受けた。脱出口がなく、尹前大統領の立場で戒厳は生存のためのあがきだった。もちろんあまりにも間違った方法だったが」。

尹前大統領と衝突した李俊錫(イ・ジュンソク)改革新党代表はやや心理学的な分析を加えた。

「時間が経過するほど人々が尹前大統領に近寄れなくなった。それで尹前大統領は孤独を感じたと思う。陸英修(ユク・ヨンス)氏の逝去後の朴正熙(パク・ジョンヒ)前大統領のように孤独は人をどこに向かわせるか分からない。私は(極端な行動をする)兆しが少し見えた」。

<2>金建希氏、事前に戒厳を知っていたのか

金建希氏が非常戒厳を事前に認知していたかどうかは、彼女の戒厳関与または支持の可能性とも連結する重要な問題だ。金氏は「非常戒厳の事実を事前に知らなかった」と主張する。実際、金氏は戒厳当日の午後6時25分、整形外科に入って戒厳宣言直前の9時30分までそこにいた。その主張の根拠として活用される状況だ。

金氏と近い距離にいたE氏はその主張を信じている。E氏は「戒厳の翌日に金氏が電話をかけてきて『私は戒厳するという事実を知らなかったし、知っていたら引き止めていた』と話した」と伝えた。また「戒厳直後に『女史ライン』のみんなに電話をかけたが、戒厳の事実を事前に知っていた人は一人もいなかった。こうした状況から見ても金氏は戒厳を事前に知らなかったと思われる」と話した。

元参謀のF氏も同じ意見だった。「金氏は戒厳を実際に知らなかったようだ。金氏付属室の人と戒厳の翌日に会って『どういうことか』と尋ねたところ、『あらかじめ構成されたその週の金氏の日程表を見ると、金氏が戒厳を全く予想していなかったことがすぐに分かる。戒厳を予想していればそのような日程を組むことはできなかったはず』という返答があった」。

李祥敏(イ・サンミン)前行政安全部長官も2月11日、憲法裁判所に証人として出席し、「尹大統領が『戒厳を宣言しなければいけない。ワイフも知らない。知れば強く怒るだろう』と話したのを覚えているか」という質問に「はっきりとそのように言った」と答えた。

しかし反論も少なくない。尹政権の高官G氏は「尹前大統領は基本的にほとんどすべてのことを金氏と共有していた。金氏に知らせず戒厳を進めるというのはあり得ない」と強調した。

竜山参謀だったH氏も「戒厳の日に整形外科に行ったということを、金氏が戒厳を事前に知らなかった証拠とするのは話にならない。尹前大統領は口数が多く、口が軽い人だ。金氏が知らせず戒厳ができる人ではない」と断言した。H氏の主張には、金氏が「戒厳事実を事前に知らなかった」と主張するアリバイを確保するためにあえて整形外科に行ったという疑心がある。

冒頭に登場したA氏の伝言も似ている。「女史ライン」の人物が戒厳をあらかじめ知っていただけに金氏は当然知っていたという趣旨だ。

金氏が戒厳宣言の頃、当時の趙太庸(チョ・テヨン)国家情報院長とメッセージを交わしたのも疑わしい点だ。金氏は戒厳前日に趙前院長に2件のメッセージを送り、翌日の戒厳当日に返信を受けたことが確認された。趙前院長は憲法裁判所での証言でメッセージ内容について口を閉じながらも、「戒厳の前日と当日に国家情報院長と大統領夫人がメッセージを交わすのはおかしいのでは」との質問に「よくあることではない」と答えた。趙前院長は非常戒厳事実を事前に知っていたと確認された人物の一人だ。

保守政治家I氏の主張も金建希氏の事前認知説を後押しする。

「尹前大統領と面会して来た人から聞いたが、金氏は戒厳を引き止めたようだ。尹前大統領が『メッセージ性戒厳』と言うと、『話にならない。戒厳といえばみんなが全斗煥(チョン・ドゥファン)、朴正熙(パク・ジョンヒ)を思い出すはず』と言いながら引き止めたと言った。しかし尹前大統領は監査院長が弾劾訴追されることを見て『これは違う』と言って敢行したようだ」。

戒厳を引き止めたというのはもちろん金氏にプラスとなる状況だ。しかし逆に見ると結局、金氏も事前に戒厳事実を知っていたということになる。

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