【時視各角】17年ぶりにブーメランとなった韓国の「狂牛病怪談」
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2025.07.29 11:13
2008年4月18日、発足から2カ月もたたない李明博(イ・ミョンバク)政権は米国産牛肉輸入全面開放交渉を米国と妥結した。2007年に盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権が合意した韓米自由貿易協定(FTA)の後続作業のひとつだった。当時だけでも李明博政権は韓米牛肉交渉がもたらす影響を推し量ることができなかった。2007年の大統領選挙と、過半数の議席を獲得した2008年の総選挙で圧勝を収め勝利感に酔いしれていたために進歩左派陣営の毒手を見逃した。
交渉の10日後、MBCの『PD手帳』は、「米国産牛肉、狂牛病から安全なのか」を放送した。まともな牛が座り込むなど牛海綿状脳症(BSE、狂牛病)とクロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)の内容が放送され、「米国産牛肉を食べれば狂牛病にかかる」という恐怖感が韓国社会をあっという間に飲み込んだ。BSEにかかった人は報告されたこともなかったが、怪談は果てしなく広がった。5月初めにソウルの清渓川(チョンゲチョン)広場で始まった狂牛病ろうそく集会には続いてベビーカー部隊が登場し、「脳がスカスカになる」との声が鳴り響いた。守勢に追い込まれた民主党としては好機だった。再協議を促して国会登院を拒否し狂牛病集会に加勢した。デモ隊は5月末には青瓦台(チョンワデ、大統領府)進出まで試みた。結局同年6月に月齢30カ月未満の牛肉だけ輸入することで米国と再合意し、8月に月齢30カ月以上の輸入時には国会で審議するという内容で家畜法が改正され「狂牛病騒動」はどうにか沈静化した。だが李明博政権はすでに満身創痍だった。