<韓日60年の記憶③>韓国語で「黄色いシャツ」歌った…全斗煥「ナカソネサン、ホレタ!」(2)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2025.07.06 08:51
一方、日本側でも中曽根訪韓を大いに参考にしたような動きがあった。本来ならば今年1月すでに実現しているはずだった石破氏の電撃訪韓である。中曽根氏は瀬島氏に密使役を頼む際、「執権前から訪韓を考えていた」と伝えた。石破氏も実は首相就任前から、マルチの国際会議を除いた初の二国間外交の訪問地を韓国にすると決めていた。そのため首相就任後、ほどなく訪韓に向けた調整を指示し、24年11月中旬には年初の訪韓が二国間で内定した。だが12月3日夜……。
尹氏の日本訪問や、幻となった石破氏の電撃韓国訪問は、いずれも安全保障上の連携強化が大きな狙いだった。東西冷戦下の中曽根氏の電撃訪韓も、まさに安全保障上、韓国との関係悪化を放置したままでは大きな支障があると判断したためだ。しかし、中曽根氏に関しては、必ずしもそれだけではなかったようだ。