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【コラム】広島と福島、日本が背負った「両面の遺産」

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2023.05.25 11:01
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被爆者(hibakusha)。英語でも日本語の発音をそのまま用いているこの言葉は、もともと広島と長崎の被爆者を意味していた。これ以上意味が拡張されないことを願うが、チョルノービリ(チェルノブイリ)原子力発電所事故(1986年)、ソ連原子力潜水艦K-19放射能漏れ事故(1961年)、スリーマイル島原子力発電所事故(1979年)、そして福島第一原子力発電所事故(2011年)まで起こり、被爆被害者を指す用語として拡張された。このように、核兵器はもちろん、原発管理異常も悲劇的な犠牲をもたらす可能性がある。核の有益と危険という両面性だ。

広島の悲劇は先月19日、主要7カ国(G7)首脳会議(サミット)開幕日にG7首脳がここ平和記念公園内の原爆資料館を訪問したことで再度クローズアップされた。バイデン大統領は米国首脳としては2度目の訪問で、今回は85歳の被爆者にも会った。太平洋戦争を終わらせた原爆投下が78年経ってもその正当性が論争になることとは別に、彼ら被爆者と復興を遂げた都市広島は、強い生命力と平和の響きを感じさせてくれる。岸田文雄首相が自身の地域区である広島でG7を開催し、「生まれ変わった日本」を世界に印象づけようとしている背景だ。

 
広島が過去の歴史なら、福島は現在進行形の核の恐怖だ。2011年の東日本大震災当時に漏れた放射能汚染水を浄化処理して太平洋に放流する問題をめぐり、日本政府は死力を尽くして国際社会を説得してきた。韓国政府の視察団が昨日まで1泊2日間の視察を実施したことに続いて、来月は国際原子力機関(IAEA)の最終安全性評価報告書が発表され、国際社会から最小限の承認は得られることになる。だからといって周辺国の不安がなくなるわけではない。岸田首相は「安全性だけでなく『安心』についても韓国の方々の理解が深まるように努力していきたい」と述べた。そのように低い姿勢で説得を続けていく必要がある。

ただ、受け入れる側も核の恐怖をいたずらに誇張してはならない。長い歳月、被爆者は物理的な苦痛だけでなく、社会の差別や冷遇に涙を飲みながら生きてきた。結婚はもちろん、就職の際にも「広島から来た人はお断り」という風潮の中で不利益を被った。福島産地で農業を営み、漁を行っている人々もある種の被爆者となった。科学的検証は徹底的に行われるべきだが、不必要な怪談や恐怖の助長は、彼らに対する偏見や差別を増幅させることになる。広島に続き、福島も生命力と希望の象徴として生まれ変わることができるだろうか。日本が背負っている両面の遺産は、人類が共に解決していかなければならない課題だ。

カン・ヘラン/国際部長

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