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【コラム】ピエタになった韓国大統領夫人(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2022.12.01 14:12
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CGの中で写真と絵画は総合に到達する。絵画は想像を描けるが、リアルさがない。写真はリアルさがあるが、想像を撮ることはできない。CGは想像を写真的なリアルさで提示することができる。こうした視覚文化の中で写真と絵画が互いに結びつくのは当然のことだ。

例えば、リュック・ドゥラエや サイモン・ノーフォークのような作家は戦争の日常を表すために広く知られた古典絵画のフォーマットを参照した。ドキュメンタリー写真が危機に直面すると(『ライフ』週刊誌が終わってすでに50年だ)、従軍作家までが絵画的な写真を通じて生きる道を探している。

問題になった病院の写真の中の大統領夫人はピエタ像を連想させる。一方ではオードリー・ヘップバーンのユニセフの写真と似ている。大衆が気づくほどだから、作家が撮影時または掲載写真を選ぶ際、意識的または無意識的にでもそれらをリファレンスとしたはずだ。

大統領夫人に随行する撮影者は写真記者でなく写真作家だったと推定する。両者は影像の文法が全く異なる。作家の場合、ポストプロダクション過程で加工をすることになる。したがって写真が絵画のように見える。問題はそれによって現実が虚構化するというところにある。

問題の写真は報道写真でなく広報写真に属する。撮影者はその文法に忠実だったのだ。撮影者に写真の中の英雄は子どもでなく依頼者の大統領夫人にならざるを得ない。その結果、本来中心となるべき病気の子どもが周囲に押し出された印象を与える。

「歴代大統領夫人のうちこのように美貌の美しい方がいただろうか」。尹相ヒョン(ユン・サンヒョン)議員の言葉はその写真が本来の目的から抜け出したことを証明する。重要なのは大統領夫人の人物でなく大統領夫人の役割だ。人物を英雄化する写真が議題をのみ込んでしまったのだ。

問題の写真は美学的批評の対象であり、政治的攻防の素材ではない。我々に必要なことは、大統領夫人の活動が入った写真が帯びるべき特性または避けるべき特性に関する真摯な議論であり、大衆の間に激しい嫌悪の感情をあおる言葉ではない。

陳重権(チン・ジュングォン)/元東洋大教授

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    2022.12.01 14:12
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    12日(現地時間)、カンボジア・プノンペンで先天性心臓疾患に苦しむ子どもの家を訪問した金建希(キム・ゴンヒ)大統領夫人。
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